2013.12.26

2013年雑感

2013年の年末が近づいてきました。
若干、感想を交えながら緩い文章を記します。
・まず、広い意味での居住系在留資格に関してですが、2012年から2013年に掛けて在留特別許可の基準が非常に辛くなったことが明確になりました。おそらく法改正の後に裁決された事案から基準が変更されたものと思います。
 2回目以降の不法滞在の場合は一律不許可(退去強制)としている模様です。1回目の不法滞在でも、不法入国の場合は、不許可になる例が多く占めている模様です。
 不許可(退去強制)になっても、職権仮放免を得られて、30日延ばしの仮放免と出頭確認を繰り返す例もありますが、それが15日延ばしになると収容されてしまうようです。
・それと関連性があるかどうかわかりませんが、在留特別許可を受けた後の更新が“渋い”という印象を持っています。従前、配偶者案件では、1年を2回の後に3年に伸長というケースが一般的でしたが、在留特別許可を受けた後の更新ですと、収入・納税などに何の問題も感じないのに、1年を3回(在留特別許可1年、更新1年、更新1年)とされる例が目立ちました。
・収入と被扶養者数の点に関しても、従前から指摘されていたとおり、主たる生計維持者の収入が一定の数字(概ね80万円に、生計維持者と被扶養者の総数を掛けた数字)に届かない場合、1年しか付与されないケースが目に付きました。(一方、一家中に数名の就労者があって、その総額が一定の数字を満たす場合は、3年を付与されています。)
・永住に関しては……外国人の間で、「永住がなくなる」という噂が立っては止み、またその噂。という感じです。ですが、実は、最近は、一時期より、「緩くなった」という感想を持っています。
・難民認定案件に関しては、従前、何でもかんでも、提出されれば受け付けるという態度だったものが、最近は受付の段階で「どういう理由で、いつごろから本国に帰国できない理由が生じたのか」「どうして今ごろになって申請するのか」などウルサク聴くようになり、事実上、受付自体を制約するように見受けられます。どっさりと、インチキ難民が入管を占拠する状態ではなくなり、かえって良くなったな、という印象です。
・就労系に関しては、特に、投資・経営に関する審査が厳しすぎる傾向にあるようです。相当、慎重な準備を要するものと思っていますが、依頼人の皆さんが、旧知の人たちから聞いている従前の審査基準を信じてしまっていて、詳細な資料の準備を億劫がり、良くない結果を生んでいるケースも多いようです。

2013.11.04

いわゆる離婚定住案件(前科のある事例)

申請人は、栃木県に居住する40歳代前半のパキスタン国籍の男性です。
栃木県行政書士会業務第4グループ(国際部)が主催する相談会においでになったご依頼人です。
困難案件であると同時に、行政書士会の相談会が実を結んだ案件でもありました。

来日後の概略は次のとおりです。
・1999年11月、技能(1年)の在留資格で上陸許可。その後、更新許可。
・2002年5月、日本人女性と婚姻。
・同年8月、日本人の配偶者等(1年)に変更許可。
・2003年3月、第1子出生。
・同年8月、日本人の配偶者等(3年)の更新許可。
・2006年2月、第2子出生。
・同年8月、日本人の配偶者等(3年)の更新許可。
・2009年1月、妻に対する暴力事件を起こす。同時に、妻及び2児と別居。
・2009年8月、日本人の配偶者等(1年)の更新許可。
・同年10月、懲役数ヶ月・執行猶予3年の有罪判決を受ける。
・このころから、夫婦関係調整調停事件、離婚訴訟事件、子との面会交流調停事件が係属。
・2010年9月、日本人の配偶者等(1年)の更新許可。
・2011年10月、日本人の配偶者等(1年)の更新許可。
・2012年11月、日本人の配偶者等(6月)の更新許可。
・2013年6月、短期滞在(90日)に変更許可。
・同月、栃木県行政書士会主催の相談会で当職と面談。
・2013年8月、離婚に関する控訴審判決。離婚を認め、2児の親権者を母と指定。これにより、事実上、離婚が確定。
・2013年8月、定住者への変更許可申請(当職取次、東京入管本局)。
・同年10月、定住者(1年)に変更許可。

理由書の骨子
① 来日以来、13年以上が経過しており、在留履歴が長いこと。
 在留履歴が長いと、定住者の在留資格が認められやすくなります。
② 前妻との同居を伴った婚姻生活が、7年近くあったこと。
 実体を伴った婚姻生活の長さは、離婚定住案件において、大きな要素になります。
③ 定住者の在留資格を得られれば、現在、短期滞在のために休職している従前の職業に戻ることができ、生活の安定性があること。
 生計の安定性も、定住者の在留資格を認める要素になります。
④ 執行猶予付き有罪判決を受けたが、既に執行猶予期間が満了し、事件以降は、粗暴な振る舞いや違法な行為をしていないこと。
 現在の素行善良も1つの要素になると考えられます。
⑤ 家庭裁判所の家事調停(面会交流)で決められた内容を履行するには、日本に留まる必要があること。
 裁判内容の実行は、大きな要素になると考えました。
⑥ 在留資格が短期滞在(90日)へ変更になったとき、入管の担当者から、裁判が終わったら、定住者への変更が申請できると説明されたこと。

寸評
何が決定的な理由となって許可されたのか、一口で説明するのは難しいところがありますが、
私が検討した内容として、法務省の下記サイトにある
http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuukokukanri07_00057.html
「日本人の配偶者等」又は「永住者の配偶者等」から「定住者」への在留資格変更許可が認められた事例及び認められなかった事例について
のうち、
 2 「定住者」への在留資格変更許可が認められなかった事例
の1行目にある事案と本件は類似性があるため、十分に検討対象としました。
① (類似点) 申請人が男性であって、日本人の前妻があり、前配偶者との間に実子があって、かつ、その子を前妻が養育することになった点は、不許可事例も本件も同様です。
② (本邦在留期間) しかし、不許可事例では、本邦在留期間が4年10か月であるのに対し、本件では13年以上と格段に長くなっています。
③ (婚姻期間) また、不許可事例では、婚姻期間が3年とあるのに対し、本件では同居を伴った婚姻期間が7年近くあり、かつ、婚姻期間だけでいうと11年に及びます。
④ (面会交流調停の存在) 重要なのは、本件では、面会交流調停が成立していて、父子交流を続けるためには本邦への在留継続の必要性があると考えられる点です。
⑤ (前科の点) 更に、不許可事例では、消極要素として「詐欺及び傷害の罪により有罪判決」とある点が挙げられます。刑期は明記されていませんが、「詐欺及び傷害の罪」ですと、仮に執行猶予付き判決であっても、宣告された懲役刑は1年以上であったと推測できます。つまり、その場合は、長期上陸拒否事由(入管法第5条1項4号)に該当しますので、入管としては在留を認めがたかったでしょう。
 それに対して、本件では、宣告された懲役刑は月単位であって長期上陸拒否事由には該当しないし、また、執行猶予期間も満了していて、事件後は善良な社会生活を送っていたことも大きな要因であったと考えています。

2013.10.16

在留特別許可~難民異議申立東京事務局による

不法滞在による退去強制手続と難民認定申請の両方の手続が行われている場合、書面の判読も困難さ増します。
以下に、退去強制令書発布後に、難民部門で在留特別許可がなされた事例をレポートします。
概略の経過は以下のとおりです。

ご本人は、アフリカ某国出身の男性で、居住地は埼玉県です。
・2006年03月  短期滞在30日で上陸許可。その後、不法残留
・2008年07月  難民認定申請
・2009年11月  東京入国管理局調査第三部門に出頭し、本邦在留を希望
・2009年12月  仮放免許可(収容令書による収容があったことを意味します)
・2010年09月  難民不認定処分
・2010年09月  難民不認定に対する異議申立て
・2011年03月  違反判定に対する異議申出に対し理由がない旨の裁決
            退去強制令書発布
・2011年03月  仮放免許可(退去強制令書による収容があったことを意味します。以後、1ヶ月伸ばしの仮放免が続きます)
・2011年07月  日本人女性と婚姻
・2012年02月  当職事務取扱い開始
・2012年03月  代理人弁護士を解任
            婚姻関係書類等を提出
・2012年12月  夫婦間の実子出生
・2013年10月  在留特別許可
 
寸評
① 難民認定申請をなしたものの、その結論以前に、不法滞在による退去強制処分が出てしまっていました。
② 2012年2月、当職に相談がありました。
退去強制令書発布後に婚姻が成立するという身分上の大きな変動がありましたので、再審の情願を提出する前提で、審判部門の意向を確認しました。審判部門としては、難民関係の手続が係属しているのであれば、そちらの部署なら婚姻など人道的な事由に関する審査も合わせて行ってもらえる。だから、難民関係案件が現に係属しているかどうかの確認をし、それがあるのなら、婚姻など人道的な事由に関する書面も難民の部署に提出して欲しいとのことでした。つまり、難民の案件があるのなら、再審の情願は受け付けないという態度でした。
③ 難民異議申立東京事務局で確認したところ、弁護士を代理人として難民認定しない処分に対する異議申立て事件が係属していることがわかりました。
弁護士に連絡を取ったところ「その案件はもう終了したはずだ。難民案件が何か存在するのなら、本人が出し直したのだろう。自分は、今後、入管関係業務を取り扱う気はない。」との態度でした。
④ よって、本人名義で、弁護士の解任手続をするところから、事務を着手しました。
入管関係を専門にしている弁護士さんはあまり多くなく、そのときは専門だといいながら、適当な時期に事案を放置する。そういう方も珍しいとは思いません。弁護士さんに喧嘩を売るつもりはありませんが、ご自身の運命を託す人物を選ぶのはなかなか難しいことです。
⑤ 同年3月、上記②のような審判部門の指導があったので、再審の情願は出さず、難民異議申立東京事務局に対し、いわゆる在留特別許可案件と同程度の書類を提出し、日本への在留を強く求めました。
上記のとおり、日本人妻との婚姻・同居に加えて、日本人妻の両親との同居生活の模様や妻の母からの嘆願書等も提出しています。
その後、妊娠・出産と、状況はますます保護すべき要素が増えてゆくことになります。
⑥ 同年8月、審判部門と難民異議申立東京事務局の連名で、難民異議申立てに関する申述書の提出を指示する文書と追加資料の提出に関する注意文書が郵送されてきました。日時指定で本人にインタビューをする旨の連絡もありました。
これについて、難民異議申立てに関する申述書であれば、以前に弁護士名で提出済みであるはずだと訝しがって出頭に同行しました。
そうしたところ、難民異議申立東京事務局の担当者は「弁護士を解任したので、改めて申述書を提出しなおして欲しい。弁護士名義の難民異議申立てに関する申述書のとおりで良いのかどうか確かめたい」という趣旨の意向を述べました。裁判所出身の私からしますと、代理人弁護士が代理権のあるうちになした訴訟行為は有効ですから、このときの難民事務所の扱いには違和感を覚えたものです。このときは、本人の意向で、かつて弁護士が書いた書面を本人がそのまま引用する形の申述書を提出することになりました。私としては、法が定める難民の定義から外れた内容の申述書は避けるべきだと思ったのですが、本人の意思に任せる形になりました。
⑦ その後、自宅調査(担当官が本人・家族のいる家に来て状況を調査する)など、かなり慎重な調査と長い時間を掛け、最終的に2013年10月、在留特別許可を付与されるに至っています。
⑧ 上記のとおり、本件では再審の情願をなしたわけではありませんでしたが、2011年3月の退去強制令書発布後に婚姻が成立し、そのことを理由として最終的に在留を許可されたわけですから、実質的に見れば、再審の情願が認められたのと同様であったと考えられます。

2013.08.15

定住者の更新

~いわゆる連れ子定住者が就労しているケース~

(序) いわゆる連れ子定住者については、下記の定住者告示に規定があります。
http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyukan_hourei_h07-01-01.html
 定住者告示第6号(ニ)
 「日本人、永住者の在留資格をもって在留する者、特別永住者又は一年以上の在留期間を指定されている定住者の在留資格をもって在留する者の配偶者で日本人の配偶者等又は永住者の配偶者等の在留資格をもって在留するものの扶養を受けて生活するこれらの者の未成年で未婚の実子」
 わかりやすい例を挙げれば、日本人夫と外国人妻(日本人の配偶者等)の夫婦の、妻の実子がこれに当たります。この実子は、未成年で未婚であるほか、「扶養を受ける」という要件があります。
 「扶養を受ける」わけですから、扶養者である日本側の扶養能力(収入・資産)が問われることになります。同時に、未成年という条件ながら、年齢が高くなるほど、扶養を受けず自ら就労する可能性が増しますので、不利になります。実務上、本人の年齢が15歳か16歳を超えますと、許可される可能性がかなり低くなる傾向にあります。

1. 申請人Aは、1995年、香港人(国籍・イギリス)の父とタイ人の母Bの間に出生しました。

2. Bは、日本人の夫Cと婚姻して、日本人の配偶者等(3年)で在留しています。

3.① 2011年4月、Aは、短期滞在(90日)で来日し、同年7月、定住者への変更を申請しました(当職取次、東京入管本局)。
 変更申請の際には、身元保証人及び扶養者をCとしたうえ、CとBに関する就労・収入関係書類、本国では暮らして行けなくなった旨を記した理由書などを添付しています。
 このような申請の場合、Cに十分な扶養能力(収入)があれば問題ないのですが、CはBと出会って以来、2度にわたる大怪我を負い、低収入の状態でしたので、Bに関する収入についても提出し、理由書中でも上記のような状況を説明しています。
 入管からは、申請後、2回、追加書類の提出指示がありました。
 1回目「今後の日本語習得に関する具体的方策及び進路予定に関する説明書」
 2回目「Aが本国にいる間のABの母子交流に関する資料」
 特に、後者については、Bが日本人の配偶者等の在留資格を得た際に述べた陳述内容まで引用して説明を求めるなど、入管側もぎりぎりの判断をした旨が伺われました。
 ② 同年9月、定住者(1年)への変更を許可されました。

4. 2012年8月、Aは、定住者の更新(1年)を受けました(当職取次、東京入管本局)。

5. 2012年10月、Aは、就職しました。これは、Cが、Bと出会って3回目の大怪我をして働けなくなった点が大きな動機になっています。Aとしては、少しでも家計を助けなければならないという思いがあったのでしょう。
 また、Aは、来日後、全日制の学校へ通学していなかったことも、就職した理由になったように思えます。もっとも、これに関しては、全く日本語のわからない外国人が、初歩から日本語を学ぼうとするとき、地元自治体などが行っているボランティア日本語教室くらいしか学習の受入れ先がないことも、全日制の学校へ通っていなかった理由だと言えます。この辺も、入管への申請の際に、説明した範囲です。

6. 2013年7月、Aの更新申請を行いました(当職取次、東京入管宇都宮出張所)。
 ABCすべての在職、収入、納税関係書類と生活状況を記した理由書を添付しました。
 理由書には、Aの就職、Cの怪我と低収入なども記載しました。なお、申請書中では、Aの滞在費は、AとBの半々による負担であると記してあります。これは、CよりもBの収入額のほうが大きかったため、扶養者としてBを選択したこと。及び、Aが単独で生計を営むには所得証明書の数字が低すぎる(2012年の3か月分の収入しかない)ため、このような記載にしたわけです(それが入管的な発想であろうと判断しました)。

7. 入管の審査結果は、更新許可(3年)、と期間伸長されていました。
 変更1年、更新1年を経たのだから、更新3年は当然、と思われがちですが、Aはフルタイムで就労し、一人で生計を維持することも不可能ではないわけですから(その趣旨も入管には説明してあります)、前記の「扶養を受ける」の要件を外れることになります。このあたりは、入管の判断1つで、更新1年も、不許可も考えられなくはなかったということになります。
 因みに、連れ子定住者に関しては、成年に達しても、結婚しても、更新が許可される例は一般的に存在します。
 定住者のうち、「連れ子」は本当に不思議なカテゴリーだと思っています。
 私が常々口にする「親ビザ」「子ビザ」ですが、連れ子定住者は「子ビザ」がいつの間にか「親ビザ」になる在留資格です。
(~ 「親ビザ」「子ビザ」を語り始めると長くなりますので別稿に譲ります ~)

2013.07.12

在留特別許可を求めて出頭した際に渡される用紙

在留特別許可を求めて東京入国管理局調査第三部門へ出頭しますと、従来から「提出書類について」と題する書類を交付されるシステムになっています。
この用紙は、入管が不足書類の追加要求をするために用いられてきましたが、一方では、その出頭申告者(不法滞在者)について、調査第三部門が調査を開始したことを意味します。つまり、これを所持しているということは、既に入管に出頭済みで調査第三部門に事件があること、よって、入管の他の部署(摘発担当者)が当該申告者を発見しても拘束するようなことをしない旨を意味していることになります。100%の保障はできないが警察の検挙であっても同様である旨、入国警備官から耳にするところです。

この「提出書類について」の様式が、平成25年に入ってから、若干変わりました(それ以前の少なくとも平成18年から平成24年においては同じ様式でした)。
次が、平成24年以前の様式です。
こちらをクリックすると、PDFファイルが展開します。
「提出書類について」とある次の行に「本書を同封の上」と書いてあります。追加書類と一緒にこの原紙を送付するよう求める指示です。末尾のほうに<キリトリ>とあって、切取線の下だけを本人が保管することを意味します。しかし、これだけですと、日付(出頭申告日)と事件番号は入っていますが、肝心な出頭申告者の名前が入っていません。たまたま摘発に当たった入管の他の部署や警察が逡巡することも想定されます。そういうこともあり、私は、追加書類を提出する場合、決して原紙は入管に出さず、コピーを同封するようにしていました。

次が、平成25年の様式です。
こちらをクリックすると、PDFファイルが展開します。
「提出書類について」とある次の行に「本書の写しを同封の上」とあります。そして、末尾に「この用紙は大切に保管し、当局に資料を提出する際には、この用紙の写しを同封してください」となりました。
「提出書類について」の原紙は出頭申告者が保管することになったわけです。
担当者名も記入され、随分と親切になったように見受けられます。切取線は無くなりました。
仮放免許可とは意味が違いますが、この用紙に“捕まえない保障”を付与したのに近くなった感があります。
ほかに、「外国人登録証明書写し」を「在留カード写し」に変更し、「外国人登録原票記載事項証明書」を削除してあります。
「最寄り駅から居宅までの経路図」を削除したのは、腑に落ちません。あったほうが良いと思うのですが。

このほか、「配偶者質問書」という様式ができました。
こちらをクリックすると、PDFファイルが展開します。
内容は、出会い、同居、居宅間取り、金銭管理、プロポーズなどに関して、チェック式がメインの簡単なものです。

これら、在留特別許可を求める際に関係する書類の一覧は、ZIPファイルにしてアップロードしてあります。
こちらをクリックしてダウンロード・解凍すると、PDF9ファイルが展開します。
(6/28アップロード、7/12改訂)

2013.07.01

日配の実子来日につき注意すべき事例

日配認定(日本人の配偶者等=日本人の夫又は妻=の在留資格認定証明書交付申請)の場合、日本人配偶者が外国人配偶者を呼び寄せる形になるのが通例ですが、外国人配偶者の本国で、その夫婦間の日本国籍を有する実子が出生し、外国人配偶者と共に来日しようとする計画をしばしば見掛けます。
この場合に、実子の来日に注意すべき2事案を掲げます。

1、中国で出生した夫婦間の実子が来日する場合。
日本国が、所定の条件下で、子の二重国籍を認めていることはご存知の方が多いと思います(国籍法12条、14条)。
しかし、中国は、一切、二重国籍を認めていません。日中間の子が、二重国籍であることは、中国当局に隠しておいたほうが安全と思われます。
一般に、子が二重国籍の場合、日本以外の国籍国(A国)を出入国するときはA国パスポートを使用し、子が日本を出入国するときは日本パスポートを使用する、というのが通例です。
しかし、中国では二重国籍を認めないわけですから、出国の際、中国パスポートだけを提示して日本行きの航空機に乗ろうとすれば、査証(ビザ)はどうなっている?ビザなしで日本へ入国できるとすれば、日本国籍も持っているのか?(二重国籍か?)ということになります。違法者として摘発され、中国を出国できないことも想定されます。
この場合の日本外務省(大使館)の指導は、概略、以下の手順です。
①中国パスポートを用意する。②子の出生の旨が記載された戸籍謄本などを添付し、中国パスポートに短期査証の発給を求める。③中国人として中国を出国し、日本へも中国人として短期滞在の資格で上陸する。④入管へ出向き、短期滞在の資格を抹消する(日本国籍の判明)。
入管当局にも確認したところ、日本上陸は日本パスポートを使用してほしいような言い回しもしていましたが、上記、外務省の指導を受け入れる態度でした。
これで、問題なく、来日できています。

2、インドネシアで出生した夫婦間の実子が来日する場合。
日本国籍法12条の手続(出生及び国籍留保届)を行った前提とします。
インドネシアも、子の二重国籍は認めています(※)。
そこで、上記の中国のような問題は生じないのですが、“AFFIDAVIT”の手続を行う必要があるとして、出国を足止めされる例を見掛けます。
この場合の“AFFIDAVIT”とは、二重国籍であることをインドネシアのイミグレーションに表明する意思表示と言われていますが、実質は、インドネシアのイミグレーションが発行する二重国籍の証明書と考えたほうが良さそうです。“AFFIDAVIT”の発行を受けると、インドネシアのパスポートは使用せず、日本パスポートのみを使用し、なお、インドネシア出入国の際には、日本パスポートに加えて“AFFIDAVIT”を提示することになります。
「2006年8月1日発効のインドネシア国籍法改正後の出生の場合、“AFFIDAVIT”の手続をやっておいたほうが良いだろう」という趣旨のサイトを見掛けることもありますが、2013年に入ってから、“AFFIDAVIT”の発行を受けないと出国できない事例に当たっています。
(※)現行法では、子は生来的な二重国籍となります。
しかし、母がインドネシア人で、2006年8月1日より前に出生した子がインドネシア国籍を申請すると、日本国籍を喪失することがあるので注意が必要です。下記、在ジャカルタ総領事館のサイトをご参照ください。
http://www.id.emb-japan.go.jp/oshirase10_18.html

3、日露夫婦間の実子
なお、実例的取扱い経験がないので恐縮ですが、ある意味で上記と類似性がある事例として、日露間の実子について掲げます。
ロシア国籍法によると、ロシア出生の子は、生来的にロシア国籍を付与されますので、日本国籍法12条の手続を取れば、子は二重国籍になります。
しかし、実子が日本で出生した場合は、ロシアは生来的にロシア国籍を付与していません。在日ロシア大使館でロシア国籍を申請することはできますが、これは後発的な国籍取得になります。この点に気づかず、ロシア国籍取得の申請をすると、日本国籍法第11条1項の規定により日本国籍を喪失します。
子は、入管法により、在留資格取得許可申請を行うべきことになりますが、その申請時期が遅れれば不法残留者として退去強制手続の中で在留特別許可を求める以外にないことになります。

2013.06.02

証印転記の廃止

難しい問題ではないのですが、案外、周知されていないようですので、掲載しておきます。
2012年7月9日に施行された改正入管法によって、いわゆる証印転記は原則的に廃止されました。
証印転記とは、上陸許可、更新許可、変更許可、永住許可、取得許可、再入国許可など、古いパスポートに押された許可証印(スタンプもしくはシール)を、新しいパスポートに移記してもらうことです。
もともと任意の手続で、日本の入管当局としてはやってもやらなくても良い手続でした。
改正入管法の施行によって、更新許可などの許可証印(スタンプもしくはシール)をパスポートに押さなくなったこととパラレルに、証印転記も原則的に廃止されました。
入管が「例外的に認める証印転記」は、以下のとおりであるとのことです。
・上陸許可の証印
・再入国許可の証印
・在留期間3月未満の場合 (以上)

なお、旧法下において、必要的な証印転記を生じた国外におけるパスポート紛失のケースについては、現行法での取扱いを確認していませんので、この点はお含みおきください。

参考
・証印転記願出書
http://www.yshimada.com/images/tenki3.pdf
・再入国許可申請
http://www.moj.go.jp/ONLINE/IMMIGRATION/16-5.html
 上記サイトの末尾の記載を参照してください。
・再入国許可期限証明願
http://www.moj.go.jp/content/000099657.pdf

2013.04.20

「日配」更新<事例6>

在留資格「日本人の配偶者等」の在留期間更新許可申請に関する事例
(在留資格取消事由該当)

<事例6>
前夫と離婚し、現夫との婚姻を理由に更新許可を求めた事例。
住居地:茨城県
入管:東京入国管理局(本局)
申請時期:2013年3月上旬
事案概要:
(序)本件のテーマは、外国人女性Aが日本人夫Bと離婚をした後、日本に在留したまま日本人の後夫Cと再婚し、在留期間更新許可を求めた点で<事例4>http://office.yshimada.com/?p=164と類似しています。
 しかし、Aは、2012年7月の改正法施行により、前夫Bとの別居から6ヶ月以上経過したため、在留資格の取消事由に該当している点で、その法的立場に大きな相違があります。
(1) 外国人女性Aは、1992年に日本人夫Bと婚姻し、同年、日本人の配偶者等の在留資格で上陸し、同年中にAB間の長男が出生しました。以後、更新許可を続けてきました。
(2) 2011年6月、AはBと別居し、単身で暮らすようになりました。
2012年4月、Aは別居中のまま、日本人の配偶者等(1年)の更新許可を得ました。在留期限は、2013年4月下旬でした。
(3) Aは、転居後に勤務するようになった会社の同僚として日本人男性Cと知り合い、交際するようになりました。
(4) Aは、長男の親権者をBと指定し、2012年6月下旬、Bと協議離婚しました。日本法の待婚期間は、同年12月下旬までとなります。
(5) 改正法によると、改正法施行日の2012年7月9日以降に、日本人の配偶者等の在留資格(日本人の妻又は夫に限る)による上陸許可、更新許可、変更許可を受けた場合、離婚の旨を入管に届け出る義務を定めています。これについては、Aの更新許可が改正法施行日より前だったことから、この届出規定には該当しないことになります。
http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuukokukanri10_00016.html
(6) 一方、同じく改正法によれば、日本人の配偶者等の在留資格(日本人の妻又は夫)で在留していて、日本人配偶者と別居して6ヶ月を経過すると在留資格の取消事由に該当する、との趣旨の規定あります。この場合、日本人配偶者はBであり、なお、正当な理由がある場合は除かれますが、AB間には別居するにつき正当な理由は見当たりません(入管法22条の4第1項7号)。
(7) この点から、前記<事例4>と同じく、在留期間更新許可を申請して良いのかどうか、いささか疑問を生じました。
本件の対処法は、以下のとおりであろうと考えました。
① 認定案件として処理する方法
 AとBの離婚成立後、Aは速やかに帰国し、Cとの再婚が成立してから、日本人の配偶者等の在留資格認定証明書交付申請を行い、それに基づき、来日する方法です。
② 変更案件として処理する方法
 AとBの離婚成立後、Aは速やかに、定住者などへの在留資格変更許可申請を行う方法です。なお、AとCの再婚が成立した後、再び、日本人の配偶者等への変更許可申請を行う必要があることになります。
③ 更新案件として処理する方法
 AとBの離婚成立後、待婚期間(2012年12月下旬まで)が終わるのを待ってCと再婚の届出をなし、Cとの婚姻を理由に在留期間更新許可申請を行う方法です(又は、Aの本国法に待婚期間の規定がなければ、AとCでAの本国へ赴き、婚姻手続を行うことも考えられます)。
(8) 各方法の特徴を検討しますと、
 ①の方法が入管の本則であろうと思われます。
 ですが、同時に、当事者(AとC)はそれまでの生活を一変させなければならず、当事者が最も嫌う方法であろうとも言えます。
 ②の方法は、Aの在留履歴や夫Bとの同居・婚姻生活の長さ、独立生計要件など、定住者への変更許可に十分見込みがある場合に取りうる手段だと言えます。本件では、定住者への変更許可の可能性は十分にあり、かつ、他の在留資格への変更の可能性は考えられませんでした。
 しかし、再婚成立後にもう一度、日本人の配偶者等への変更許可申請を行う必要があるので、二度手間的であり、当事者に負担が大きい方法とも言えます。
 ③の方法ですが、Aの待婚期間が2012年12月下旬までであり、それから婚姻手続に入ったとして、婚姻成立後に更新許可申請を行うことになります。更新許可の申請時期は、原則として在留期限である2013年4月下旬の3ヶ月前である同年1月下旬以降となります。なお、前記(6)により、AはBと別居して6ヶ月を経過すると在留資格の取消対象になるわけですが、その起算点は改正法施行日の翌日(2012年7月10日)であると解釈されており、2013年1月10日以降、Aは在留資格の取消対象になると解されます。
 つまり、本件では、在留資格取消対象の時期に入らないと更新許可の申請は出せないことになりますので、入管が受け付けてくれるのか、また、許可の可能性はどの程度あるのか、大いに疑問であると言えます。改正法により、在留資格の取消対象となったことで、<事例4>と法的地位が大きく異なることになりました。
 ですが、当事者にとっては、それまでの生活を変える必要がなく、また、1回の申請で済みますので、大変便宜ではあります。
(9) このように、それぞれの方法にプラス点、マイナス点がありますので、どの方法が適切であるのか、というより、③の方法(更新手続)を取って良いのかどうか、2012年秋、東京入管本局永住審査部門の意向を聴いてみました。もちろん、在留期限や待婚期間など、日付を示して説明をしました。そうしたところ、同部門の回答は「更新手続で良い」とのことでしたので、この方法によることにしました。
(10) Aが離婚したことによる本国での復氏の手続と復氏後のパスポート発行、本国の独身証明書や在日大使館の婚姻要件具備証明書の発行。また、Cの親族の説得(初婚であるCは老母との2人暮らしでした)など、当初の予定より案外時間が掛かり、AとCの再婚が成立したのは、2013年2月下旬になりました。
(11) 戸籍謄本が出来るのを待ち、同年3月上旬、東京入管永住審査部門へ在留期間更新許可申請を出しました(当職取次)。このとき、Aの本国での婚姻証明書はまだ出来ていませんでしたので添付せず、入管から追加要求があれば提出できるよう準備を進めていました。
(12) 提出した書類は概ね以下のとおりでした。要するに、申請書だけ更新許可を使い、その他の添付書類は認定案件に準じています。
・在留期間更新許可申請書
・身元保証書
・質問書(http://www.moj.go.jp/content/000007383.pdf)(※1) 
・スナップ写真5枚程度
・Aの戸籍謄本(婚姻事項の記載のあるものです)
・AとCの住民票写し
・Cの在職証明書、住民税課税証明書、同納税証明書(※2)
・Aの住民税課税証明書、同納税証明書(※3)
・Bの戸籍謄本(※4)
・住居の概要(※5)
といったところです。
(※1)質問書別紙として「婚姻に至る経緯書」を添付しています。また、事前に永住審査部門を訪ね、更新許可申請で良い旨の指導を受けたことも記載しました。 
(※2)CがAを扶養するという申請内容にしたため、Cの扶養能力と申告納税義務を果たしていることを証明するためです。
(※3)Aにも生活力があること、つまり、仮に入管が更新許可に消極的審査をした場合にも定住者の要件が整っていることの証明となるため。また、きちんとした申告納税義務を果たしていることを証明する(在留状況の良好さを示す)ためです。
(※4)一般的に前夫の戸籍謄本を添付するようにしています。
(※5)現地調査の可能性があるので添付するようにしています。
(13) 申請後、1ヶ月以上を経過した4月中旬になってから、追加資料の要求がありました。
 追加資料は「質問書」と題する書類で、これは、認定案件で添付する上記URLの「質問書」とは内容が異なる下記のような様式でした。
http://www.yshimada.com/images/koushin_shitsumonsho.pdf
 これに従って記載し、また、アパートの賃貸借契約書のコピーとスナップ写真2枚(既に提出済みのものと異なるものにしました。スナップ写真は申請時点で数枚添付していますので可笑しな具合ですが、質問書の中で追加要求されていますので逆らわずに提出することにしました)。
 この質問書(koushin_shitsumonsho.pdf)の内容を見ていますと、入管は、何らかの調査をした結果、「AC夫婦が同居していないのではないか」と思ったようです。そして、別居もしくは外泊について合理的な理由があるかどうかを尋ねているようです。実は、夫Cの勤務形態が昼勤・夜勤の1週間交代だったので、入管が同居事実を誤認したのかもしれません。
(14) 質問書(koushin_shitsumonsho.pdf)を郵便で送付し、それが入管に到着したと思われる日付で、入管から葉書が発送されてきました。
 数日後、在留カードを受領してきました。
 許可内容 更新許可、日本人の配偶者等(1年)
(15) 離婚の届出義務はなく(5)、在留資格取消事由に該当している(8)、という珍しい案件でした。今後、同種の案件は、離婚の届出義務にも在留資格取消事由にも該当することになるでしょう。
 より一層の慎重な申請方針の検討が求められるところであろうと思われます。

2013.04.11

公正証書遺言

(1) 遺言者は、80歳代の男性Aさんです。
Aさんにはお子さんがありません。妻Bさんのほか交流のない兄弟甥姪が7名ほどおいでになるだけです。養子をお迎えするお気持ちもないとのことでした。
つまり、推定相続人は妻Bさんと兄弟甥姪7名ということになります。
(2) Aさんの財産は、AさんBさんご夫妻でお住まいの土地建物とAさん名義の銀行預金です。
(3) このままAさんが亡くなりますと、Bさんが4分の3、兄弟甥姪7名が残りの4分の1を共同相続することになります。兄弟甥姪7名の中には連絡の取れない方、意見の食い違う方なども想定されます。相続の協議で話合いが付かない場合には家庭裁判所で遺産分割の審判になることもあります。共同相続人中に連絡の取れない方がある場合には家庭裁判所で不在者財産管理人を選任する必要があります。
(4) 相続人が兄弟甥姪の場合には、遺留分がありません。ですから、Aさんが妻のBさんに全財産を相続させる旨の遺言をしても、問題は何も起こらないことになります。
(5) 遺言書には、自筆証書遺言と公正証書遺言があります(一般の実務)。
自筆証書遺言の場合には、全文を自分で記載し日付を入れて署名押印をすれば良い、と簡便です。しかし、相続開始後(Aさんが亡くなった後)、家庭裁判所の検認手続を経なければなりません。検認の申立てをするには膨大な戸籍資料を提出しなければなりません。また、家庭裁判所は、すべての相続人に対して呼出の手続を行った上で検認を行います(下記、裁判所のサイトなどをご参照ください)。
http://www.courts.go.jp/saiban/syurui_kazi/kazi_06_17/
それに、家庭裁判所の遺言書検認手続は、一種の検証手続に過ぎず、遺言という証書の真否を争う場所ではありません。証書の真否(遺言書が真筆か偽造かなど)に関して、他の相続人から証書の真否確認訴訟が地方裁判所に提起されるかもしれません。
(6) 公正証書遺言の場合には、公証人に遺言書を作ってもらうことになります。公証人というと、普通の方には不慣れで、若干敷居が高く感じられるかもしれません。公証人に支払う費用も掛かります。
しかし、公正証書遺言であれば、家庭裁判所の検認手続も不要ですし、遺言書の紛失・焼失や悪意を持った者による破棄といった暴挙に対しても、公正証書の原本が公証人役場に保管されるので安心です。
提出書類に関しても、前述の遺言書検認手続に比べて下記のように簡便です。
・遺言者と相続をする人(この場合はABご夫妻)の戸籍謄本
・遺言者の印鑑証明書と実印
・遺言者の固定資産評価証明書
・証人2名の身分証明書(運転免許証など)と認印
(なお、銀行預金に関しては、口頭で述べれば良いという公証人が一般的なようです。固定資産評価証明書や預金額は、公証人の報酬算定のためだけに必要なデータです)
(7) 遺言書の内容は、
 1、遺言者は不動産預貯金その他一切の財産を妻に相続させる。
 2、遺言執行者に妻を選任する。遺言執行者は預貯金の払戻など、遺言執行のための一切の権限を有する。
という趣旨になります。
 遺言執行者に関する記述は、預金を払い戻す際に、銀行に対して相続人である妻の立場(遺言執行者でもある旨)を明確にするために記載します。
(8) 公正証書遺言を作成するためには、公証人との間で、遺言書の内容の原案や提出書類について、また、遺言書作成の日時に関して、打合せをしておくのが通例です。私どもにご依頼くだされば、遺言書の証人にもなりますし、公証人との間で、事前にこういった“お膳立て”をしておきますので、公証人役場での手続は、実にすばやく出来ると申し上げられます。
 特に、本件の例などは、遺言者Aさんのご年齢や健康状態を勘案して、ベストな時期にベストな手続を行うことが出来たと言えます。
 AさんBさんご夫妻とも、大変、安堵されたご様子でした。

2013.03.29

上陸特別許可案件(12)

上陸特別許可の在留資格認定証明書の例

事案の概要
1) 申請人は、インドネシア国籍の男性Aです。
2) Aは、2005年9月、名古屋博覧会のメンバーとして特定活動6月の在留資格で上陸を許可されましたが、最初から不法残留をして就労するつもりだったようです。
3) 同年12月、後に妻となる日本人女性Bと職場の同僚として出会い、交際を開始しました。交際開始後1年を経過したころから、ABは同居生活を送るようになりました。
4) Bには戸籍上の夫がいましたが、婚姻関係は破綻していました。Bと前夫の間には3児があり、3児の親権者を前夫と指定して、2008年3月に協議離婚が成立しました。ただし、その後も、Bと3児、また、Aと3児の間にも交流がありました。
5) 2008年6月、Aは不法滞在の容疑で警察の摘発を受け、入管に収容されました。Bは、Aの仮放免申請や在留特別許可を求めるなど努力しましたが、待婚期間中でもあり、Bは同年9月に退去強制処分となりました。このとき、入管職員から「上陸拒否5年に該当する、5年間は絶対日本に入れない」と説明され、ABはそれをまともに信じてしまったようです。
6) そこで、Bは、Aの祖国であるインドネシアで暮らす決意を固め、住民票もインドネシアへ転出の届出を提出して、ABによるインドネシアでの生活がスタートしました。
7) 同月(2008年9月)、待婚期間が終わると同時にABはインドネシア式の婚姻を成立させ、翌月には在インドネシア大使館に日本側婚姻報告を提出しています。
8) Bが日本に一時帰国することもありましたが、ABは、婚姻後4年ほどの期間のほとんどをインドネシアで暮らしました。その間、2010年1月には、AB間の長女Cが出生しています。Cは出生によりインドネシア国籍のほか日本国籍も留保しています。
9) Bは、2012年11月、単身で日本に戻り、ABCの3人で日本での生活を再開すべく、準備を開始しました。
10) 当職は、この直後に、Bから依頼を受け、Aの来日許可(上陸特別許可)に向けて事務を開始しました。AB間に実子があること、退去強制後4年を経過していること、退去強制後の期間のほとんどをAB夫婦が同居して暮らしてきたこと、退去強制前にも同居歴があることなど、有利な条件が多く、上陸特別許可案件としては、もっとも平易な部類に入ると思われました。
11) しかし、ネックになるのはBには4年以上も日本の住民票がなく、よって、所得申告もできず、住民税課税証明書や納税証明書を添付することはできません。Bは来日直後からアルバイト的な仕事を開始していたので、在職証明書と給与明細1ヶ月分は添付できる見込みでしたが、ABC揃っての日本での生計に安定性を持たせる方法を考慮しなければなりませんでした。
12) こういった場合の解決法として、以下の3つの方法を考えました。
① Bの預金残高証明書(一家3人なら300万円程度以上が適切)を添付する方法。
② Bの両親などに身元保証人になってもらい、その身元保証人の所得証明書等を添付する方法。
③ Aが来日後に就労するものとして、Aの雇用見込み証明書を添付する方法。
検討の結果、Bの財産状況や親族状況からして①と②は諦めざるをえませんでした(過去において、①②の手法とも在留資格認定(上陸特別許可)を得た経験がありました)。
残る③の方法ですが、これはかなり危険な手法でもありますので、できれば避けたいところです。当然ではありますが、「婚姻したから来日するのではなく就労が目的で来日するのではないか」と入管当局に疑念を掛けられる可能性があるからです(要するに偽装性の疑い)。これに関しては、過去に入国審査官との対話の中で「よほど婚姻信憑性が高い」場合には取りうる手段であることを知っていました。本件が、「よほど婚姻信憑性が高い」事案であることは上記10)のとおりですので、この方法を用いることにしました。
13) 2013年1月下旬、当職取次にて名古屋入国管理局へ在留資格認定証明書交付申請書を提出しました。
同年3月下旬、在留資格認定証明書が交付されました。
在留資格「日本人の配偶者等」、在留期間「1年」。
認定証明書の右肩上には、「5-1-9(ロ)」と朱書きされています。これは、入管法5条1項9号ロ、つまり、5年間の上陸拒否に該当しているということ。そして、上陸拒否期間中でありながら(上陸特別許可を前提とした)在留資格認定証明書であることを意味します。旧法下では「7-1-4」と記載されていたのと同じ趣旨です。
14) AB夫婦が上記5)のとおり、「入管職員に5年間は絶対に来日できない」と言われたことをそのまま信じてしまい、適切な相談相手がなかったことが、Aの来日を大きく遅らせる結果となってしまいました。入管職員の不適切発言など残念な要素のある事案でしたが、インドネシアにおけるAB夫婦とC児の幸福そうな生活ぶりを垣間見ることができ、救われた気持ちにもなる事案でした。
今後の日本での生活により一層の幸福が待っていることを祈念してやみません。

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