2016.02.03

婚姻に至る経緯書

過去に申請した在留資格認定証明書交付申請(上陸拒否事由該当につき、上陸特別許可案件を含む)において、質問書第2ページの罫線部分に相当する「婚姻に至る経緯書」の参考記載例を掲載します。
それぞれ原文を伏字等の措置をして、プライバシーの保護をしています。
一般に公開することによって、各位のご参考になれば幸甚です。
婚姻経緯書例1-中国人ー事案内容を見る
婚姻経緯書例2-中国人ー事案内容を見る
婚姻経緯書例3ータイ人ー
婚姻経緯書例4ータイ人ー事案内容を見る
婚姻経緯書例5-インドネシア人ー事案内容を見る

2015.07.03

業務第4グループ 専門員

平成27年6月15日付けをもって、栃木県行政書士会業務第4グループ専門員を委嘱されました。
第4グループというのは、国際部とほぼ同旨で渉外案件を扱うセクションです。
専門員にはその道のスペシャリストを指名しているようです。
今後も、入管・渉外案件で研鑽を積ませていただきます。

2015.01.02

謹賀新年

あけましておめでとうございます
本年もよろしくお願いいたします

2014.03.25

ご挨拶

小山市役所外国人相談室に案内掲示
当職が理事長を務めるNPO法人社会福祉支援センター「道しるべ」の案内を小山市役所外国人相談室に掲示していただきました。

野木町広報に毎月掲載決定
NPO法人社会福祉支援センター「道しるべ」が相談コーナーに毎月掲載されることになりました。

^^^^^^^^^^ ^^^^^^^^^^ ^^^^^^^^^^

このホームページには、行政書士島田雍士が実際に取り扱った事案を主に掲載しています。
ここに掲載している内容は、入管業務に関する困難事例、限界事例などが大半ですが、これら以外にもごく普通の認定案件や更新案件、変更案件、永住許可案件なども取り扱っています。国籍に関する諸問題にも取り組んでいます。

ほかに、一般的な許認可業務、相続・遺言、離婚相談、農地転用、不動産案件、金銭案件、会社設立、契約書、公正証書作成準備、電子内容証明なども取り扱っています。
成年後見制度に関してもご相談に応じております。

どうぞ、お気軽に声をお掛けください。

2013.12.26

技能の更新(在留資格取消事由該当)

申請人は栃木県内に居住する40歳代のインド人男性です。
2005年に技能(コック)1年で上陸許可。
その後、いくつかの料理店を転勤しながら今日に至っています。

依頼を受けた時点では、栃木県内のインド・パキスタン料理店に勤務しており、在留資格は技能(1年)、在留期限は2013年11月でした。
問題は、前回の更新直後の2012年11月、勤務先を退職、日本を出国してインドに帰国し、6ヶ月以上、日本で就労していなかった点です。よって在留資格取消事由に該当しています。
再来日後にも再度転職していますので、前回の更新後、2回転職し、いずれも契約機関に関する届出を行っていませんでした。ただし、退職に関する証明書はいずれも所持していました。
契約機関に関する届出に関しては、あらかじめ、東京入管宇都宮出張所に相談してみました。
その回答は「届出制度が浸透していないようです。更新と同時で構いませんので、速やかに届け出るようにしてください。」とのことでした。

内容は更新申請ですが、認定案件に準じる書類を添付することにしました(申請人の本国での職歴証明書を除く)。
また理由書を添付し、以下のような説明を加えました。
・6ヶ月に渡る一時帰国の理由として、数年前に本国で結婚したが、妻を日本に招聘しないで別居婚の状態が続いていたので、夫婦としての生活を取り戻したかったこと、今回の一時帰国で妻が妊娠したこと。
・3ヶ月以上、就労していないと、在留資格取消の対象になることを知らなかったこと。それに対する謝罪と今後の法令遵守の誓約。
・コックとしての在留履歴が8年に及ぶこと。コックとしてのキャリアが20年に及ぶこと。
概略以上のような内容で更新申請をなし(東京入管宇都宮出張所取扱い)、同時に契約機関に関する届出を2通提出して、10日ほどで更新許可(1年)を認められています。

油断をしてはいけませんが、在留資格取消事由該当に関しても、契約機関に関する届出に関しても、かなり柔軟な取扱いがなされているという感想を持ちました。

在留特別許可による永住者の配偶者等からの永住許可

① 来日後の履歴
申請人は、茨城県に居住する40歳代のタイ人男性です。
不法残留後、2007年5月、永住者である妻と婚姻し、2009年1月、在留特別許可を得、永住者の配偶者等(1年)を付与されました。
その後も、永住者である妻、妻の長女と同居生活を送り、更新1年(2010年)、更新1年(2011年)、更新3年(2012年)を許可されました。
② 申請時期と添付書類
2013年8月、東京本局へ、永住許可の申請をしました(当職取次)。
在留特別許可から4年、婚姻後6年の時点での申請ということになります。
法務省がアナウンスしている添付書類のほか、以下のような添付書類を提出しました。
・主たる生計維持者である申請人本人の市県民税課税証明書、同納税証明書3年分…追加要求されやすい書面ですので、最初から3年分を添付しています。
・永住者である妻の在職証明書、市県民税課税証明書、同納税証明書3年分
・社会保険の保険証コピー(一家3人分)
・住居報告
・親族概要
・理由書…主に、永住許可を得て、住宅を購入したいという趣旨です。
・スナップ写真
・第三者身元保証人の在職証明書、住民票、市県民税課税証明書1年分…これは、本来の身元保証人である永住者妻の収入が低いため、従前、入管で指導を受けたとおり、第三者の身元保証人をダブルでつけたためです。
③許可の時期
追加書類の要求はなく、12月中旬、許可受領してきました。申請から3ヵ月半ほどで、審査も早めであったと言えます。いくつかの情報から、処理が早くなってきている様子だと察していました。
ただし、取扱局による差は相当あると思われます。複数の管轄がある案件では、どの入管へ申請するか、というのも1つの要素になるでしょう。

2013年雑感

2013年の年末が近づいてきました。
若干、感想を交えながら緩い文章を記します。
・まず、広い意味での居住系在留資格に関してですが、2012年から2013年に掛けて在留特別許可の基準が非常に辛くなったことが明確になりました。おそらく法改正の後に裁決された事案から基準が変更されたものと思います。
 2回目以降の不法滞在の場合は一律不許可(退去強制)としている模様です。1回目の不法滞在でも、不法入国の場合は、不許可になる例が多く占めている模様です。
 不許可(退去強制)になっても、職権仮放免を得られて、30日延ばしの仮放免と出頭確認を繰り返す例もありますが、それが15日延ばしになると収容されてしまうようです。
・それと関連性があるかどうかわかりませんが、在留特別許可を受けた後の更新が“渋い”という印象を持っています。従前、配偶者案件では、1年を2回の後に3年に伸長というケースが一般的でしたが、在留特別許可を受けた後の更新ですと、収入・納税などに何の問題も感じないのに、1年を3回(在留特別許可1年、更新1年、更新1年)とされる例が目立ちました。
・収入と被扶養者数の点に関しても、従前から指摘されていたとおり、主たる生計維持者の収入が一定の数字(概ね80万円に、生計維持者と被扶養者の総数を掛けた数字)に届かない場合、1年しか付与されないケースが目に付きました。(一方、一家中に数名の就労者があって、その総額が一定の数字を満たす場合は、3年を付与されています。)
・永住に関しては……外国人の間で、「永住がなくなる」という噂が立っては止み、またその噂。という感じです。ですが、実は、最近は、一時期より、「緩くなった」という感想を持っています。
・難民認定案件に関しては、従前、何でもかんでも、提出されれば受け付けるという態度だったものが、最近は受付の段階で「どういう理由で、いつごろから本国に帰国できない理由が生じたのか」「どうして今ごろになって申請するのか」などウルサク聴くようになり、事実上、受付自体を制約するように見受けられます。どっさりと、インチキ難民が入管を占拠する状態ではなくなり、かえって良くなったな、という印象です。
・就労系に関しては、特に、投資・経営に関する審査が厳しすぎる傾向にあるようです。相当、慎重な準備を要するものと思っていますが、依頼人の皆さんが、旧知の人たちから聞いている従前の審査基準を信じてしまっていて、詳細な資料の準備を億劫がり、良くない結果を生んでいるケースも多いようです。

2013.11.04

いわゆる離婚定住案件(前科のある事例)

申請人は、栃木県に居住する40歳代前半のパキスタン国籍の男性です。
栃木県行政書士会業務第4グループ(国際部)が主催する相談会においでになったご依頼人です。
困難案件であると同時に、行政書士会の相談会が実を結んだ案件でもありました。

来日後の概略は次のとおりです。
・1999年11月、技能(1年)の在留資格で上陸許可。その後、更新許可。
・2002年5月、日本人女性と婚姻。
・同年8月、日本人の配偶者等(1年)に変更許可。
・2003年3月、第1子出生。
・同年8月、日本人の配偶者等(3年)の更新許可。
・2006年2月、第2子出生。
・同年8月、日本人の配偶者等(3年)の更新許可。
・2009年1月、妻に対する暴力事件を起こす。同時に、妻及び2児と別居。
・2009年8月、日本人の配偶者等(1年)の更新許可。
・同年10月、懲役数ヶ月・執行猶予3年の有罪判決を受ける。
・このころから、夫婦関係調整調停事件、離婚訴訟事件、子との面会交流調停事件が係属。
・2010年9月、日本人の配偶者等(1年)の更新許可。
・2011年10月、日本人の配偶者等(1年)の更新許可。
・2012年11月、日本人の配偶者等(6月)の更新許可。
・2013年6月、短期滞在(90日)に変更許可。
・同月、栃木県行政書士会主催の相談会で当職と面談。
・2013年8月、離婚に関する控訴審判決。離婚を認め、2児の親権者を母と指定。これにより、事実上、離婚が確定。
・2013年8月、定住者への変更許可申請(当職取次、東京入管本局)。
・同年10月、定住者(1年)に変更許可。

理由書の骨子
① 来日以来、13年以上が経過しており、在留履歴が長いこと。
 在留履歴が長いと、定住者の在留資格が認められやすくなります。
② 前妻との同居を伴った婚姻生活が、7年近くあったこと。
 実体を伴った婚姻生活の長さは、離婚定住案件において、大きな要素になります。
③ 定住者の在留資格を得られれば、現在、短期滞在のために休職している従前の職業に戻ることができ、生活の安定性があること。
 生計の安定性も、定住者の在留資格を認める要素になります。
④ 執行猶予付き有罪判決を受けたが、既に執行猶予期間が満了し、事件以降は、粗暴な振る舞いや違法な行為をしていないこと。
 現在の素行善良も1つの要素になると考えられます。
⑤ 家庭裁判所の家事調停(面会交流)で決められた内容を履行するには、日本に留まる必要があること。
 裁判内容の実行は、大きな要素になると考えました。
⑥ 在留資格が短期滞在(90日)へ変更になったとき、入管の担当者から、裁判が終わったら、定住者への変更が申請できると説明されたこと。

寸評
何が決定的な理由となって許可されたのか、一口で説明するのは難しいところがありますが、
私が検討した内容として、法務省の下記サイトにある
http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuukokukanri07_00057.html
「日本人の配偶者等」又は「永住者の配偶者等」から「定住者」への在留資格変更許可が認められた事例及び認められなかった事例について
のうち、
 2 「定住者」への在留資格変更許可が認められなかった事例
の1行目にある事案と本件は類似性があるため、十分に検討対象としました。
① (類似点) 申請人が男性であって、日本人の前妻があり、前配偶者との間に実子があって、かつ、その子を前妻が養育することになった点は、不許可事例も本件も同様です。
② (本邦在留期間) しかし、不許可事例では、本邦在留期間が4年10か月であるのに対し、本件では13年以上と格段に長くなっています。
③ (婚姻期間) また、不許可事例では、婚姻期間が3年とあるのに対し、本件では同居を伴った婚姻期間が7年近くあり、かつ、婚姻期間だけでいうと11年に及びます。
④ (面会交流調停の存在) 重要なのは、本件では、面会交流調停が成立していて、父子交流を続けるためには本邦への在留継続の必要性があると考えられる点です。
⑤ (前科の点) 更に、不許可事例では、消極要素として「詐欺及び傷害の罪により有罪判決」とある点が挙げられます。刑期は明記されていませんが、「詐欺及び傷害の罪」ですと、仮に執行猶予付き判決であっても、宣告された懲役刑は1年以上であったと推測できます。つまり、その場合は、長期上陸拒否事由(入管法第5条1項4号)に該当しますので、入管としては在留を認めがたかったでしょう。
 それに対して、本件では、宣告された懲役刑は月単位であって長期上陸拒否事由には該当しないし、また、執行猶予期間も満了していて、事件後は善良な社会生活を送っていたことも大きな要因であったと考えています。

2013.10.16

在留特別許可~難民異議申立東京事務局による

不法滞在による退去強制手続と難民認定申請の両方の手続が行われている場合、書面の判読も困難さを増します。
以下に、退去強制令書発布後に、難民部門で在留特別許可がなされた事例をレポートします。
概略の経過は以下のとおりです。

ご本人は、アフリカ某国出身の男性で、居住地は埼玉県です。
・2006年03月  短期滞在30日で上陸許可。その後、不法残留
・2008年07月  難民認定申請
・2009年11月  東京入国管理局調査第三部門に出頭し、本邦在留を希望
・2009年12月  仮放免許可(収容令書による収容があったことを意味します)
・2010年09月  難民不認定処分
・2010年09月  難民不認定に対する異議申立て
・2011年03月  違反判定に対する異議申出に対し理由がない旨の裁決
            退去強制令書発布
・2011年03月  仮放免許可(退去強制令書による収容があったことを意味します。以後、1ヶ月伸ばしの仮放免が続きます)
・2011年07月  日本人女性と婚姻
・2012年02月  当職事務取扱い開始
・2012年03月  代理人弁護士を解任
            婚姻関係書類等を提出
・2012年12月  夫婦間の実子出生
・2013年10月  在留特別許可
 
寸評
① 難民認定申請をなしたものの、その結論以前に、不法滞在による退去強制処分が出てしまっていました。
② 2012年2月、当職に相談がありました。
退去強制令書発布後に婚姻が成立するという身分上の大きな変動がありましたので、再審の情願を提出する前提で、審判部門の意向を確認しました。審判部門としては、難民関係の手続が係属しているのであれば、そちらの部署なら婚姻など人道的な事由に関する審査も合わせて行ってもらえる。だから、難民関係案件が現に係属しているかどうかの確認をし、それがあるのなら、婚姻など人道的な事由に関する書面も難民の部署に提出して欲しいとのことでした。つまり、難民の案件があるのなら、再審の情願は受け付けないという態度でした。
③ 難民異議申立東京事務局で確認したところ、弁護士を代理人として難民認定しない処分に対する異議申立て事件が係属していることがわかりました。
弁護士に連絡を取ったところ「その案件はもう終了したはずだ。難民案件が何か存在するのなら、本人が出し直したのだろう。自分は、今後、入管関係業務を取り扱う気はない。」との態度でした。
④ よって、本人名義で、弁護士の解任手続をするところから、事務を着手しました。
入管関係を専門にしている弁護士さんはあまり多くなく、そのときは専門だといいながら、適当な時期に事案を放置する。そういう方も珍しいとは思いません。弁護士さんに喧嘩を売るつもりはありませんが、ご自身の運命を託す人物を選ぶのはなかなか難しいことです。
⑤ 同年3月、上記②のような審判部門の指導があったので、再審の情願は出さず、難民異議申立東京事務局に対し、いわゆる在留特別許可案件と同程度の書類を提出し、日本への在留を強く求めました。
上記のとおり、日本人妻との婚姻・同居に加えて、日本人妻の両親との同居生活の模様や妻の母からの嘆願書等も提出しています。
その後、妊娠・出産と、状況はますます保護すべき要素が増えてゆくことになります。
⑥ 同年8月、審判部門と難民異議申立東京事務局の連名で、難民異議申立てに関する申述書の提出を指示する文書と追加資料の提出に関する注意文書が郵送されてきました。日時指定で本人にインタビューをする旨の連絡もありました。
これについて、難民異議申立てに関する申述書であれば、以前に弁護士名で提出済みであるはずだと訝しがって出頭に同行しました。
そうしたところ、難民異議申立東京事務局の担当者は「弁護士を解任したので、改めて申述書を提出しなおして欲しい。弁護士名義の難民異議申立てに関する申述書のとおりで良いのかどうか確かめたい」という趣旨の意向を述べました。裁判所出身の私からしますと、代理人弁護士が代理権のあるうちになした訴訟行為は有効ですから、このときの難民事務所の扱いには違和感を覚えたものです。このときは、本人の意向で、かつて弁護士が書いた書面を本人がそのまま引用する形の申述書を提出することになりました。私としては、法が定める難民の定義から外れた内容の申述書は避けるべきだと思ったのですが、本人の意思に任せる形になりました。
⑦ その後、自宅調査(担当官が本人・家族のいる家に来て状況を調査する)など、かなり慎重な調査と長い時間を掛け、最終的に2013年10月、在留特別許可を付与されるに至っています。
⑧ 上記のとおり、本件では再審の情願をなしたわけではありませんでしたが、2011年3月の退去強制令書発布後に婚姻が成立し、そのことを理由として最終的に在留を許可されたわけですから、実質的に見れば、再審の情願が認められたのと同様であったと考えられます。

2013.08.15

定住者の更新

~いわゆる連れ子定住者が就労しているケース~

(序) いわゆる連れ子定住者については、下記の定住者告示に規定があります。
http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyukan_hourei_h07-01-01.html
 定住者告示第6号(ニ)
 「日本人、永住者の在留資格をもって在留する者、特別永住者又は一年以上の在留期間を指定されている定住者の在留資格をもって在留する者の配偶者で日本人の配偶者等又は永住者の配偶者等の在留資格をもって在留するものの扶養を受けて生活するこれらの者の未成年で未婚の実子」
 わかりやすい例を挙げれば、日本人夫と外国人妻(日本人の配偶者等)の夫婦の、妻の実子がこれに当たります。この実子は、未成年で未婚であるほか、「扶養を受ける」という要件があります。
 「扶養を受ける」わけですから、扶養者である日本側の扶養能力(収入・資産)が問われることになります。同時に、未成年という条件ながら、年齢が高くなるほど、扶養を受けず自ら就労する可能性が増しますので、不利になります。実務上、本人の年齢が15歳か16歳を超えますと、許可される可能性がかなり低くなる傾向にあります。

1. 申請人Aは、1995年、香港人(国籍・イギリス)の父とタイ人の母Bの間に出生しました。

2. Bは、日本人の夫Cと婚姻して、日本人の配偶者等(3年)で在留しています。

3.① 2011年4月、Aは、短期滞在(90日)で来日し、同年7月、定住者への変更を申請しました(当職取次、東京入管本局)。
 変更申請の際には、身元保証人及び扶養者をCとしたうえ、CとBに関する就労・収入関係書類、本国では暮らして行けなくなった旨を記した理由書などを添付しています。
 このような申請の場合、Cに十分な扶養能力(収入)があれば問題ないのですが、CはBと出会って以来、2度にわたる大怪我を負い、低収入の状態でしたので、Bに関する収入についても提出し、理由書中でも上記のような状況を説明しています。
 入管からは、申請後、2回、追加書類の提出指示がありました。
 1回目「今後の日本語習得に関する具体的方策及び進路予定に関する説明書」
 2回目「Aが本国にいる間のABの母子交流に関する資料」
 特に、後者については、Bが日本人の配偶者等の在留資格を得た際に述べた陳述内容まで引用して説明を求めるなど、入管側もぎりぎりの判断をした旨が伺われました。
 ② 同年9月、定住者(1年)への変更を許可されました。

4. 2012年8月、Aは、定住者の更新(1年)を受けました(当職取次、東京入管本局)。

5. 2012年10月、Aは、就職しました。これは、Cが、Bと出会って3回目の大怪我をして働けなくなった点が大きな動機になっています。Aとしては、少しでも家計を助けなければならないという思いがあったのでしょう。
 また、Aは、来日後、全日制の学校へ通学していなかったことも、就職した理由になったように思えます。もっとも、これに関しては、全く日本語のわからない外国人が、初歩から日本語を学ぼうとするとき、地元自治体などが行っているボランティア日本語教室くらいしか学習の受入れ先がないことも、全日制の学校へ通っていなかった理由だと言えます。この辺も、入管への申請の際に、説明した範囲です。

6. 2013年7月、Aの更新申請を行いました(当職取次、東京入管宇都宮出張所)。
 ABCすべての在職、収入、納税関係書類と生活状況を記した理由書を添付しました。
 理由書には、Aの就職、Cの怪我と低収入なども記載しました。なお、申請書中では、Aの滞在費は、AとBの半々による負担であると記してあります。これは、CよりもBの収入額のほうが大きかったため、扶養者としてBを選択したこと。及び、Aが単独で生計を営むには所得証明書の数字が低すぎる(2012年の3か月分の収入しかない)ため、このような記載にしたわけです(それが入管的な発想であろうと判断しました)。

7. 入管の審査結果は、更新許可(3年)、と期間伸長されていました。
 変更1年、更新1年を経たのだから、更新3年は当然、と思われがちですが、Aはフルタイムで就労し、一人で生計を維持することも不可能ではないわけですから(その趣旨も入管には説明してあります)、前記の「扶養を受ける」の要件を外れることになります。このあたりは、入管の判断1つで、更新1年も、不許可も考えられなくはなかったということになります。
 因みに、連れ子定住者に関しては、成年に達しても、結婚しても、更新が許可される例は一般的に存在します。
 定住者のうち、「連れ子」は本当に不思議なカテゴリーだと思っています。
 私が常々口にする「親ビザ」「子ビザ」ですが、連れ子定住者は「子ビザ」がいつの間にか「親ビザ」になる在留資格です。
(~ 「親ビザ」「子ビザ」を語り始めると長くなりますので別稿に譲ります ~)

« Previous | Next »