« | »

2011.03.25

最近の在留特別許可(1)

◇ 1つの家族に2回目の摘発 ◇ 
これは、1つの家族に2回の在留特別許可があった事案です。
タイ国籍女性Bには、3人の夫がいました。
夫1 タイ国籍で日本に不法滞在していました。下記CとDの実父で、摘発されて退去強制処分を受けました。
夫2 日本国籍で、下記Eの実父です。
夫3 現在の夫でタイ国籍Aです。

このコラムは、Aの在留特別許可に関するレポートですが、その前に、B・C・Dに関する在留特別許可がありました。
Bは夫1との間にC・Dを儲けましたが、夫1・B・C・Dはいずれも不法滞在者でした。夫1が退去強制となったとき、B・C・Dは摘発を免れたようです。
その後、Bが夫2と婚姻し、在留特別許可を求めて出頭しました。
その審査中に、Bと夫2の間の実子E(日本国籍)が出生しました。
ところが、入管の決裁を待たずに、夫2が死去しました。
その後、B・C・Dに、定住者1年の在留特別許可が下りています。
この場合、Bは「日本人の実子を扶養する外国人親」に対して定住者の在留資格を付与するという平成8年7月30日通達によって、Eを扶養する者として、在留特別許可にて定住者の在留資格を与えられたものと思われます。
C・Dは、定住者Bの扶養を受けて生活する未成年で未婚の実子という定住者告示に該当することになります。

夫2の死後、09年8月に、Bと夫3(A)の婚姻が成立しました。
Aは1993年に短期滞在で上陸した不法残留者でした。在京タイ王国大使館の運用で、パスポートも婚姻要件具備証明書も発給される立場ですので、その両方が用意できました。外国人登録証明書も所持していました。
不法滞在者Aは、定住者1年であるBの夫となったわけです。夫婦間の実子はありません。この条件で在留特別許可が下りる可能性があるのかどうか、疑問視する人も多いでしょうが、当職には経験からして可能性は十分あると思っていました。
婚姻が成立したので、早速にも在留特別許可を求めて出頭したいところでした。
しかし、Aは日本語が極度に下手なので、出頭をためらっていました。長期不法残留者の中には、ほとんど日本語を使わず、同国籍者同士の会話で仕事も私生活も成り立つ人たちがいるものなのです。
そうこうするうち、2010年2月に、外国人登録してある自宅で摘発・収容されました。入国警備官は、ここにAが居住していることを知っていて摘発に来たのは間違いないところです。
収容中、妻であるBとBの末子のEで何回か面会に行き、適宜、書面を作成して提出しました。また、Bに対する5時間掛かりのインタビューが調査第1部門で行われました。
収容後、4週間経過した同年3月に、職権仮放免がなされました。
およそ2008年までの収容案件ならば、収容後4週間から8週間(要するに法定の60日以内)で、在留特別許可を与えられるか、退去強制令書を発布されるか、どちらかだったものが、2010年には速やかに在留特別許可を付与しない方針になったためか、仮放免に留めたものと思われます。
その後、5月、8月、11月に出頭確認に出向いています。
実は、11月初旬の出頭確認日の直前に特別審理官からB宛てに何度も電話があったそうなのですが、就労中で電話に出られなかったと言います。電話に出ていれば、11月初旬の出頭確認の日かその前に、在留特別許可を付与された可能性がありました。
そして、11月初旬の出頭確認を終えると、審判部門の簡単なインタビューがあり、翌週の口頭審理の日時と持参書類を指定され、審判部門への出頭を求められました。
当日、審判部門へ必要書類を提出し、同部門の待合室で待つよう指示されました。
なお、当職は5月、8月、11月の出頭確認の席、並びに5月、11月の審判部門のインタビューにも同席を許されています。A・Bのどちらも、入管の指示内容を理解できず、また、当事者の発言内容が正確に入管側に伝わっていないことがわかり、同席しなければ審査は無理だったと言えます(例1として、入管の言う一時旅行許可の意味が理解できない。ディズニーランドへ行く?それは何ですか?という当事者の反応。例2として、当事者がC・Dの実父が帰国したと発言したはずなのに、入管はC・Dが帰国したと聞き取ったのでそれを訂正した場面など)。A・Bだけでは、口頭審理の日に持参する書類さえ理解できず、当職が同席することは、当事者のみならず入管側にも効果が絶大だったと言えます。外国語通訳というよりも、外国人の話す日本語のヒヤリング、平易な日本語に言い換えるテクニックということです。
口頭審理は、いわば集団処理ですので、同行したものの同席していませんでした。そうしたところ、特別審理官が「この人の関係者いませんか?意味がわかったでしょうか?」というのです。私が手を挙げ、「担当している行政書士です」と告げると、特別審理官も安心したようで、「本人がわかっているかどうか疑問ですが、次は午後2時からです。それまでにここで待たせるようお願いします。」という指示でした。
予定どおり、午後2時からパスポートの返却を受け、在留特別許可の証印を確認して帰路に着きました。

Aは、2月の収容から11月の在留特別許可まで9ヶ月と、現時点での在宅事件に比較して短期間の処理であったと言えます。しかし、上記のように収容案件は従前60日以内に処理される例が多かったことから、それよりはずっと長く慎重な審査であったと言えます。
現時点での在宅事件は、出頭後1年6ヶ月や1年9ヶ月を要するのはごく普通で、数ヶ月単位で処理されるのは、異例のようです。
入管の処理を待つのは辛いでしょう。待ちきれずに婚姻破綻する例も散見されます。現時点での在留特別許可案件は我慢が肝要です。
そして、収容・在宅どちらの形でも、自宅調査を行うこともあるようです。
(旧サイトの記載を転載)

Comment & Trackback

Comments and Trackback are closed.

No comments.