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2013.10.16

在留特別許可~難民異議申立東京事務局による

不法滞在による退去強制手続と難民認定申請の両方の手続が行われている場合、書面の判読も困難さを増します。
以下に、退去強制令書発布後に、難民部門で在留特別許可がなされた事例をレポートします。
概略の経過は以下のとおりです。

ご本人は、アフリカ某国出身の男性で、居住地は埼玉県です。
・2006年03月  短期滞在30日で上陸許可。その後、不法残留
・2008年07月  難民認定申請
・2009年11月  東京入国管理局調査第三部門に出頭し、本邦在留を希望
・2009年12月  仮放免許可(収容令書による収容があったことを意味します)
・2010年09月  難民不認定処分
・2010年09月  難民不認定に対する異議申立て
・2011年03月  違反判定に対する異議申出に対し理由がない旨の裁決
            退去強制令書発布
・2011年03月  仮放免許可(退去強制令書による収容があったことを意味します。以後、1ヶ月伸ばしの仮放免が続きます)
・2011年07月  日本人女性と婚姻
・2012年02月  当職事務取扱い開始
・2012年03月  代理人弁護士を解任
            婚姻関係書類等を提出
・2012年12月  夫婦間の実子出生
・2013年10月  在留特別許可
 
寸評
① 難民認定申請をなしたものの、その結論以前に、不法滞在による退去強制処分が出てしまっていました。
② 2012年2月、当職に相談がありました。
退去強制令書発布後に婚姻が成立するという身分上の大きな変動がありましたので、再審の情願を提出する前提で、審判部門の意向を確認しました。審判部門としては、難民関係の手続が係属しているのであれば、そちらの部署なら婚姻など人道的な事由に関する審査も合わせて行ってもらえる。だから、難民関係案件が現に係属しているかどうかの確認をし、それがあるのなら、婚姻など人道的な事由に関する書面も難民の部署に提出して欲しいとのことでした。つまり、難民の案件があるのなら、再審の情願は受け付けないという態度でした。
③ 難民異議申立東京事務局で確認したところ、弁護士を代理人として難民認定しない処分に対する異議申立て事件が係属していることがわかりました。
弁護士に連絡を取ったところ「その案件はもう終了したはずだ。難民案件が何か存在するのなら、本人が出し直したのだろう。自分は、今後、入管関係業務を取り扱う気はない。」との態度でした。
④ よって、本人名義で、弁護士の解任手続をするところから、事務を着手しました。
入管関係を専門にしている弁護士さんはあまり多くなく、そのときは専門だといいながら、適当な時期に事案を放置する。そういう方も珍しいとは思いません。弁護士さんに喧嘩を売るつもりはありませんが、ご自身の運命を託す人物を選ぶのはなかなか難しいことです。
⑤ 同年3月、上記②のような審判部門の指導があったので、再審の情願は出さず、難民異議申立東京事務局に対し、いわゆる在留特別許可案件と同程度の書類を提出し、日本への在留を強く求めました。
上記のとおり、日本人妻との婚姻・同居に加えて、日本人妻の両親との同居生活の模様や妻の母からの嘆願書等も提出しています。
その後、妊娠・出産と、状況はますます保護すべき要素が増えてゆくことになります。
⑥ 同年8月、審判部門と難民異議申立東京事務局の連名で、難民異議申立てに関する申述書の提出を指示する文書と追加資料の提出に関する注意文書が郵送されてきました。日時指定で本人にインタビューをする旨の連絡もありました。
これについて、難民異議申立てに関する申述書であれば、以前に弁護士名で提出済みであるはずだと訝しがって出頭に同行しました。
そうしたところ、難民異議申立東京事務局の担当者は「弁護士を解任したので、改めて申述書を提出しなおして欲しい。弁護士名義の難民異議申立てに関する申述書のとおりで良いのかどうか確かめたい」という趣旨の意向を述べました。裁判所出身の私からしますと、代理人弁護士が代理権のあるうちになした訴訟行為は有効ですから、このときの難民事務所の扱いには違和感を覚えたものです。このときは、本人の意向で、かつて弁護士が書いた書面を本人がそのまま引用する形の申述書を提出することになりました。私としては、法が定める難民の定義から外れた内容の申述書は避けるべきだと思ったのですが、本人の意思に任せる形になりました。
⑦ その後、自宅調査(担当官が本人・家族のいる家に来て状況を調査する)など、かなり慎重な調査と長い時間を掛け、最終的に2013年10月、在留特別許可を付与されるに至っています。
⑧ 上記のとおり、本件では再審の情願をなしたわけではありませんでしたが、2011年3月の退去強制令書発布後に婚姻が成立し、そのことを理由として最終的に在留を許可されたわけですから、実質的に見れば、再審の情願が認められたのと同様であったと考えられます。

2013.04.20

「日配」更新<事例6>

在留資格「日本人の配偶者等」の在留期間更新許可申請に関する事例
(在留資格取消事由該当)

<事例6>
前夫と離婚し、現夫との婚姻を理由に更新許可を求めた事例。
住居地:茨城県
入管:東京入国管理局(本局)
申請時期:2013年3月上旬
事案概要:
(序)本件のテーマは、外国人女性Aが日本人夫Bと離婚をした後、日本に在留したまま日本人の後夫Cと再婚し、在留期間更新許可を求めた点で<事例4>http://office.yshimada.com/?p=164と類似しています。
 しかし、Aは、2012年7月の改正法施行により、前夫Bとの別居から6ヶ月以上経過したため、在留資格の取消事由に該当している点で、その法的立場に大きな相違があります。
(1) 外国人女性Aは、1992年に日本人夫Bと婚姻し、同年、日本人の配偶者等の在留資格で上陸し、同年中にAB間の長男が出生しました。以後、更新許可を続けてきました。
(2) 2011年6月、AはBと別居し、単身で暮らすようになりました。
2012年4月、Aは別居中のまま、日本人の配偶者等(1年)の更新許可を得ました。在留期限は、2013年4月下旬でした。
(3) Aは、転居後に勤務するようになった会社の同僚として日本人男性Cと知り合い、交際するようになりました。
(4) Aは、長男の親権者をBと指定し、2012年6月下旬、Bと協議離婚しました。日本法の待婚期間は、同年12月下旬までとなります。
(5) 改正法によると、改正法施行日の2012年7月9日以降に、日本人の配偶者等の在留資格(日本人の妻又は夫に限る)による上陸許可、更新許可、変更許可を受けた場合、離婚の旨を入管に届け出る義務を定めています。これについては、Aの更新許可が改正法施行日より前だったことから、この届出規定には該当しないことになります。
http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuukokukanri10_00016.html
(6) 一方、同じく改正法によれば、日本人の配偶者等の在留資格(日本人の妻又は夫)で在留していて、日本人配偶者と別居して6ヶ月を経過すると在留資格の取消事由に該当する、との趣旨の規定あります。この場合、日本人配偶者はBであり、なお、正当な理由がある場合は除かれますが、AB間には別居するにつき正当な理由は見当たりません(入管法22条の4第1項7号)。
(7) この点から、前記<事例4>と同じく、在留期間更新許可を申請して良いのかどうか、いささか疑問を生じました。
本件の対処法は、以下のとおりであろうと考えました。
① 認定案件として処理する方法
 AとBの離婚成立後、Aは速やかに帰国し、Cとの再婚が成立してから、日本人の配偶者等の在留資格認定証明書交付申請を行い、それに基づき、来日する方法です。
② 変更案件として処理する方法
 AとBの離婚成立後、Aは速やかに、定住者などへの在留資格変更許可申請を行う方法です。なお、AとCの再婚が成立した後、再び、日本人の配偶者等への変更許可申請を行う必要があることになります。
③ 更新案件として処理する方法
 AとBの離婚成立後、待婚期間(2012年12月下旬まで)が終わるのを待ってCと再婚の届出をなし、Cとの婚姻を理由に在留期間更新許可申請を行う方法です(又は、Aの本国法に待婚期間の規定がなければ、AとCでAの本国へ赴き、婚姻手続を行うことも考えられます)。
(8) 各方法の特徴を検討しますと、
 ①の方法が入管の本則であろうと思われます。
 ですが、同時に、当事者(AとC)はそれまでの生活を一変させなければならず、当事者が最も嫌う方法であろうとも言えます。
 ②の方法は、Aの在留履歴や夫Bとの同居・婚姻生活の長さ、独立生計要件など、定住者への変更許可に十分見込みがある場合に取りうる手段だと言えます。本件では、定住者への変更許可の可能性は十分にあり、かつ、他の在留資格への変更の可能性は考えられませんでした。
 しかし、再婚成立後にもう一度、日本人の配偶者等への変更許可申請を行う必要があるので、二度手間的であり、当事者に負担が大きい方法とも言えます。
 ③の方法ですが、Aの待婚期間が2012年12月下旬までであり、それから婚姻手続に入ったとして、婚姻成立後に更新許可申請を行うことになります。更新許可の申請時期は、原則として在留期限である2013年4月下旬の3ヶ月前である同年1月下旬以降となります。なお、前記(6)により、AはBと別居して6ヶ月を経過すると在留資格の取消対象になるわけですが、その起算点は改正法施行日の翌日(2012年7月10日)であると解釈されており、2013年1月10日以降、Aは在留資格の取消対象になると解されます。
 つまり、本件では、在留資格取消対象の時期に入らないと更新許可の申請は出せないことになりますので、入管が受け付けてくれるのか、また、許可の可能性はどの程度あるのか、大いに疑問であると言えます。改正法により、在留資格の取消対象となったことで、<事例4>と法的地位が大きく異なることになりました。
 ですが、当事者にとっては、それまでの生活を変える必要がなく、また、1回の申請で済みますので、大変便宜ではあります。
(9) このように、それぞれの方法にプラス点、マイナス点がありますので、どの方法が適切であるのか、というより、③の方法(更新手続)を取って良いのかどうか、2012年秋、東京入管本局永住審査部門の意向を聴いてみました。もちろん、在留期限や待婚期間など、日付を示して説明をしました。そうしたところ、同部門の回答は「更新手続で良い」とのことでしたので、この方法によることにしました。
(10) Aが離婚したことによる本国での復氏の手続と復氏後のパスポート発行、本国の独身証明書や在日大使館の婚姻要件具備証明書の発行。また、Cの親族の説得(初婚であるCは老母との2人暮らしでした)など、当初の予定より案外時間が掛かり、AとCの再婚が成立したのは、2013年2月下旬になりました。
(11) 戸籍謄本が出来るのを待ち、同年3月上旬、東京入管永住審査部門へ在留期間更新許可申請を出しました(当職取次)。このとき、Aの本国での婚姻証明書はまだ出来ていませんでしたので添付せず、入管から追加要求があれば提出できるよう準備を進めていました。
(12) 提出した書類は概ね以下のとおりでした。要するに、申請書だけ更新許可を使い、その他の添付書類は認定案件に準じています。
・在留期間更新許可申請書
・身元保証書
・質問書(http://www.moj.go.jp/content/000007383.pdf)(※1) 
・スナップ写真5枚程度
・Aの戸籍謄本(婚姻事項の記載のあるものです)
・AとCの住民票写し
・Cの在職証明書、住民税課税証明書、同納税証明書(※2)
・Aの住民税課税証明書、同納税証明書(※3)
・Bの戸籍謄本(※4)
・住居の概要(※5)
といったところです。
(※1)質問書別紙として「婚姻に至る経緯書」を添付しています。また、事前に永住審査部門を訪ね、更新許可申請で良い旨の指導を受けたことも記載しました。 
(※2)CがAを扶養するという申請内容にしたため、Cの扶養能力と申告納税義務を果たしていることを証明するためです。
(※3)Aにも生活力があること、つまり、仮に入管が更新許可に消極的審査をした場合にも定住者の要件が整っていることの証明となるため。また、きちんとした申告納税義務を果たしていることを証明する(在留状況の良好さを示す)ためです。
(※4)一般的に前夫の戸籍謄本を添付するようにしています。
(※5)現地調査の可能性があるので添付するようにしています。
(13) 申請後、1ヶ月以上を経過した4月中旬になってから、追加資料の要求がありました。
 追加資料は「質問書」と題する書類で、これは、認定案件で添付する上記URLの「質問書」とは内容が異なる下記のような様式でした。
http://www.yshimada.com/images/koushin_shitsumonsho.pdf
 これに従って記載し、また、アパートの賃貸借契約書のコピーとスナップ写真2枚(既に提出済みのものと異なるものにしました。スナップ写真は申請時点で数枚添付していますので可笑しな具合ですが、質問書の中で追加要求されていますので逆らわずに提出することにしました)。
 この質問書(koushin_shitsumonsho.pdf)の内容を見ていますと、入管は、何らかの調査をした結果、「AC夫婦が同居していないのではないか」と思ったようです。そして、別居もしくは外泊について合理的な理由があるかどうかを尋ねているようです。実は、夫Cの勤務形態が昼勤・夜勤の1週間交代だったので、入管が同居事実を誤認したのかもしれません。
(14) 質問書(koushin_shitsumonsho.pdf)を郵便で送付し、それが入管に到着したと思われる日付で、入管から葉書が発送されてきました。
 数日後、在留カードを受領してきました。
 許可内容 更新許可、日本人の配偶者等(1年)
(15) 離婚の届出義務はなく(5)、在留資格取消事由に該当している(8)、という珍しい案件でした。今後、同種の案件は、離婚の届出義務にも在留資格取消事由にも該当することになるでしょう。
 より一層の慎重な申請方針の検討が求められるところであろうと思われます。

2013.03.29

上陸特別許可案件(12)

上陸特別許可の在留資格認定証明書の例

事案の概要
1) 申請人は、インドネシア国籍の男性Aです。
2) Aは、2005年9月、名古屋博覧会のメンバーとして特定活動6月の在留資格で上陸を許可されましたが、最初から不法残留をして就労するつもりだったようです。
3) 同年12月、後に妻となる日本人女性Bと職場の同僚として出会い、交際を開始しました。交際開始後1年を経過したころから、ABは同居生活を送るようになりました。
4) Bには戸籍上の夫がいましたが、婚姻関係は破綻していました。Bと前夫の間には3児があり、3児の親権者を前夫と指定して、2008年3月に協議離婚が成立しました。ただし、その後も、Bと3児、また、Aと3児の間にも交流がありました。
5) 2008年6月、Aは不法滞在の容疑で警察の摘発を受け、入管に収容されました。Bは、Aの仮放免申請や在留特別許可を求めるなど努力しましたが、待婚期間中でもあり、Bは同年9月に退去強制処分となりました。このとき、入管職員から「上陸拒否5年に該当する、5年間は絶対日本に入れない」と説明され、ABはそれをまともに信じてしまったようです。
6) そこで、Bは、Aの祖国であるインドネシアで暮らす決意を固め、住民票もインドネシアへ転出の届出を提出して、ABによるインドネシアでの生活がスタートしました。
7) 同月(2008年9月)、待婚期間が終わると同時にABはインドネシア式の婚姻を成立させ、翌月には在インドネシア大使館に日本側婚姻報告を提出しています。
8) Bが日本に一時帰国することもありましたが、ABは、婚姻後4年ほどの期間のほとんどをインドネシアで暮らしました。その間、2010年1月には、AB間の長女Cが出生しています。Cは出生によりインドネシア国籍のほか日本国籍も留保しています。
9) Bは、2012年11月、単身で日本に戻り、ABCの3人で日本での生活を再開すべく、準備を開始しました。
10) 当職は、この直後に、Bから依頼を受け、Aの来日許可(上陸特別許可)に向けて事務を開始しました。AB間に実子があること、退去強制後4年を経過していること、退去強制後の期間のほとんどをAB夫婦が同居して暮らしてきたこと、退去強制前にも同居歴があることなど、有利な条件が多く、上陸特別許可案件としては、もっとも平易な部類に入ると思われました。
11) しかし、ネックになるのはBには4年以上も日本の住民票がなく、よって、所得申告もできず、住民税課税証明書や納税証明書を添付することはできません。Bは来日直後からアルバイト的な仕事を開始していたので、在職証明書と給与明細1ヶ月分は添付できる見込みでしたが、ABC揃っての日本での生計に安定性を持たせる方法を考慮しなければなりませんでした。
12) こういった場合の解決法として、以下の3つの方法を考えました。
① Bの預金残高証明書(一家3人なら300万円程度以上が適切)を添付する方法。
② Bの両親などに身元保証人になってもらい、その身元保証人の所得証明書等を添付する方法。
③ Aが来日後に就労するものとして、Aの雇用見込み証明書を添付する方法。
検討の結果、Bの財産状況や親族状況からして①と②は諦めざるをえませんでした(過去において、①②の手法とも在留資格認定(上陸特別許可)を得た経験がありました)。
残る③の方法ですが、これはかなり危険な手法でもありますので、できれば避けたいところです。当然ではありますが、「婚姻したから来日するのではなく就労が目的で来日するのではないか」と入管当局に疑念を掛けられる可能性があるからです(要するに偽装性の疑い)。これに関しては、過去に入国審査官との対話の中で「よほど婚姻信憑性が高い」場合には取りうる手段であることを知っていました。本件が、「よほど婚姻信憑性が高い」事案であることは上記10)のとおりですので、この方法を用いることにしました。
13) 2013年1月下旬、当職取次にて名古屋入国管理局へ在留資格認定証明書交付申請書を提出しました。
同年3月下旬、在留資格認定証明書が交付されました。
在留資格「日本人の配偶者等」、在留期間「1年」。
認定証明書の右肩上には、「5-1-9(ロ)」と朱書きされています。これは、入管法5条1項9号ロ、つまり、5年間の上陸拒否に該当しているということ。そして、上陸拒否期間中でありながら(上陸特別許可を前提とした)在留資格認定証明書であることを意味します。旧法下では「7-1-4」と記載されていたのと同じ趣旨です。
14) AB夫婦が上記5)のとおり、「入管職員に5年間は絶対に来日できない」と言われたことをそのまま信じてしまい、適切な相談相手がなかったことが、Aの来日を大きく遅らせる結果となってしまいました。入管職員の不適切発言など残念な要素のある事案でしたが、インドネシアにおけるAB夫婦とC児の幸福そうな生活ぶりを垣間見ることができ、救われた気持ちにもなる事案でした。
今後の日本での生活により一層の幸福が待っていることを祈念してやみません。

2013.03.15

定住者への変更許可案件(いわゆる離婚定住)

本稿では、日本人の配偶者等の在留資格で在留していて、離婚後に定住者の在留資格への変更を許可された事例等について掲載してみます。

1. 同一配偶者間で2回の婚姻離婚の経緯を経た事案

(1) 本件申請に至るまでの経緯 -1回目の結婚生活-
① 当事者は、外国人男性Aと日本人女性Bの夫婦です。夫Aと妻Bは、2006年2月に1回目の婚姻をしました。
② Aには、本国での仕事(自動車関係輸出入業)があり、結婚後もすぐには同居生活に入りませんでした。 
③ Aは、婚姻成立後の2006年3月と7月に短期滞在の資格で来日し、合計70日余りをBと共に暮らしました。
④ 短期滞在中に、AB間の長男Cが出生しています。
⑤ Aは、2007年1月には、日本人の配偶者等(3年)の在留資格で上陸を許可されています(在留期限2010年1月)。
⑥ AB夫婦の日本での居住地は、Bの実家であり、Bの両親との同居生活でした。AB夫婦はもともと仲は悪くなかったのですが、“しゅうと”との関係が、夫婦関係に亀裂を生んだようでした。
⑦ 2008年8月、ABは協議離婚をし、Aが別居する形で1回目の結婚生活に終焉を迎えました(1回目の婚姻期間は約2年半、同居期間は約1年半)。

(2) 本件申請に至るまでの経緯 -2回目の結婚生活-
① ABは、2009年12月に2回目の婚姻届を提出しました。
② 上記のとおり、“しゅうと”との関係が問題でしたので、Bも実家を出て、ABCだけで生活するようになりました。
③ 2010年1月には、在留期間(1年)に短縮されて更新許可されました。
④ 2010年10月には、二男Dが出生しました。
⑤ しかし、2011年11月には、「本国に軸足を置いた生活」=(Bの主張)、「両親の支配から抜けきれない生活」=(Aの主張)という意見の対立を生み、結果、CDの親権者をBと指定して、再び、協議離婚を届け出ました(2回目の婚姻期間及び2回目の婚姻中の同居期間は、共に約1年11ヶ月)。BCDは、Bの父母宅の隣家で生活を開始しました。
⑥ なお、在留期間更新に関しては、2011年11月の離婚直前に更新許可(1年)を得ていました。在留期限は2013年1月中旬でした(ここまで当職は一切取扱いなし)。

(3) 本件申請に至るまでの経緯 -離婚後の交流-
① 離婚しても、AB元夫婦とACDという父子は離れ離れになってしまったわけではありませんでした。
② Aが、BCDという元妻と子供たちに頻繁に会いに行き、ABCDの4人で公園や動物園で遊んだり、AがCDの幼稚園行事や誕生祝いに参加したり、AからBにプレゼントを渡したり、BがAにA本国での買い物(美容品等)を依頼したり、外面から見て4人で一家と受け取れる生活部分も存在し、それを裏付ける写真などもありました。
③ また、離婚の前後を通じて、AからBへ生活費や養育費の授受記録が残されていました。
④ ABが3度目の再縁をするのではないかと思わせる言動もありました。

(4) 申請方針
離婚が成立し、就労系在留資格への変更の可能性は、模索する余地がありませんでした。
Aが在留を希望する以上、定住者への変更許可申請を行う以外にありません。
しかし、2回の離婚と同居期間、子の親権を考慮すると、厳しい審査を予想せざるを得ませんでした。
そこで、許可へのアプローチの仕方として2つの可能性を模索しました。
① 日本人の実子を扶養する外国人親に定住者の在留資格を付与する旨の平成8年7月30日付け「定住通達」があります。当サイト内では下記に載せてあります。外国人親が子の親権者となり、日本において相当期間、子を現実に監護養育していることが要件になります(本件ではその要件がありません)。
http://www.yshimada.com/yybbsplus/yybbs.cgi?mode=new_html&no=9
そして、平成14年4月26日付け東京地裁判決(確定)は、定住通達を一歩踏み込んだ解釈をしたと評価されています。同判決にいうところでは、定住通達は、「子が安定した生活を営めるようにする」「幼い子と外国人親との関係が人道上十分な配慮を必要とする」ために外国人親に定住者の在留資格を付与するという趣旨である。だから、仮に外国人親に親権がなく現実に監護養育していなくても、定住告示や定住通達に定められた事由と同視すべきような特別の事情が認められるときは、定住者としての在留を認めるべきだ、と解釈できます。つまり、外国人親と子の間に深い交流があるときは、定住通達に該当する場合と同視すべきだという趣旨だと理解しました。
本件の場合、親権もなく手元で養育しているわけでもありませんが、平成14年判決の趣旨に近い親子の交流があったといえるのではないか、ということです。
② 日本人の配偶者等の在留資格で在留していて離婚したが、「実体を伴った婚姻生活が3年以上ある場合には、定住者の在留資格を付与する」との入管内規があるらしいという角度の高い情報がありました(その他、独立生計要件などの要件が必要です)。
この点、入管職員のマニュアルである入国在留審査要領を開示請求すると、黒塗りになって出てくる(非開示)箇所なのですが、実務の情報を収集すると「実体を伴った婚姻生活3年以上」で間違いないようです(最低ライン)。
③ 以上、定住通達を拡大解釈した平成14年判決に近い親子の交流がある点。2回の結婚期間を合計した年数。この2点を柱とし、それを裏付ける証拠を添付して、2013年1月上旬、定住者への在留資格変更許可申請をなしました(東京入管宇都宮出張所扱い、当職取次)。

(5) 追加書類の要求
申請後7週間を経過した2013年2月下旬になってから、追加書類の提出要求が来ました。
内容は、
1) 給与明細書(直近から3-4か月分)
2) 婚姻をしていた期間での同居をしていた日数の詳細
ということでした。
まず、1)に関しては、前妻Bや子CDとの生活の基盤が東京都内にあり、住民税課税証明書、同納税証明書の発行地も都内となっています。それに対して、申請時点でのAの住居地は茨城県であり、在職証明書も同様に茨城県の会社から発行されています。申請の段階で法務省所定の住民税課税証明書、同納税証明書は添付しましたが、在職証明書の所在地と納税証明書等の発行地に相違があることから、入管としては、在職証明書にあるとおり本当に茨城県内の会社で就労しているのかどうか、生計の安定性があるのかどうか、確認したかったのだろうと思います。これに関しては、給与明細書を8か月分ほど(つまり茨城県の会社に就職して以来、直近のものまで)と平成24年度源泉徴収票を提出しました。
次に、2)に関しては、結婚離婚を繰り返し、同居期間が明瞭ではないので、その点の詳細説明書を提出して欲しいというのが入管の指示でした(書面のほかに電話でも追加の指示を受けていました)。
よって、婚姻日、同居日、同居期間、別居日、離婚日を一覧にして提出しました。

(6) 審査結果
追加書類を提出して1週間経過する前に葉書を受領しました(指定の受領期間は特例期間の満了日になっていました)。
在留カードの受領に出向いたのはその数日後の2013年3月初旬です。
ここで、入国審査官から説明がありました(こういう細かい心配りが宇都宮出張所の良いところでもあります)。
・親権がないこと(マイナス要素)
・子供への送金を続けているなど、交流があることが認められること(プラス要素)。なお、今後とも、このような金銭的扶助、交流を継続してほしいとのご指導をいただきました。
・婚姻中で、かつ、同居していた期間を合計すると、何とか3年に達すること。
(この点は、入国在留審査要領の非開示箇所ですが、従前からの推測である「実体を伴った婚姻生活3年以上」を口頭で説明してくれたことになります)。
以上によって、ギリギリ何とか許可という結果になりました、との説明を受けました。
許可内容 定住者、在留期間1年。

(7) 若干の感想
本件に関しては、定住者への変更許可申請を行う以外に手立てがありませんでした。
そして、当初、口頭でこの相談を受けた段階では、ごく普通に、「日本人の配偶者等1年、更新1年、更新3年で、離婚した。実子はあるが親権はない。父子交流はある。」と推測し、そうであれば、婚姻期間は5年程度になるので、許可見込みがあるものと思って受任したわけです。
ところが、面談し、パスポートを点検して、上記のような2回の婚姻、離婚の繰り返しをした事案だと確認し、暗澹たる思いになったものです。
しかし、平成8年定住通達を類推・拡大解釈した平成14年判決を知っていましたから、金銭扶助を含めた父子交流に望みを掛けた申請でした。実際に、当職も、Aと面談約束をしながら、AがBCDの元へ飛んでいってしまったという場面に遭遇しました。
入管の判断は、上記のとおり、「金銭的扶助と父子交流」「前妻との婚姻中の同居期間3年以上」という、いわば“合わせ技”によって与えられた許可でした。
今後とも、申請人Aには、子CDに対する養育費扶助などの交流を継続するように良く伝え、事務完結となりました。

2. いわゆる離婚定住案件のうち比較的ノーマルな事案

(1) 本件申請に至るまでの経緯 –来日してからの履歴-
① 外国人女性Aは、1990年11月に短期滞在90日の在留資格で上陸し、そのまま不法残留、不法就労していました。主な就労先は、観光旅館でした。
② Aは、2002年9月、日本人男性Bと旅館業勤務の同僚として出会いました。Bの仕事は調理師でした。
③ 2005年1月、ABはBの住居にて同居を開始し、同年6月に婚姻届を提出しました。AB間には実子も連れ子もありません。
④ 2005年12月、Aは、在留特別許可により日本人の配偶者等(1年)の在留資格を付与されました。
⑤ Aは、在留特別許可の直後から、住居に近い場所にある旅館に仲居として勤務するようになりました。これは、夫Bが、過疎化する同地では調理師として雇用してもらえなくなり、慣れない土木関係の仕事に就いたものの収入が安定しなかったからです。しかし、Bの生活力の低さは改善されず、やがてAの収入で家計を支えてゆかざるを得なくなってゆきました。
⑥ 2011年9月、Aは、Bと別居し、勤務先の寮で生活するようになりました。別居時点での在留資格は、日本人の配偶者等(3年)でした。
⑦ AとBは、同居開始から別居まで6年半余、婚姻から別居まで6年3ヶ月ほど、在留特別許可から別居まで5年10ヶ月ほどになります。
⑧ 2011年12月、Aは、夫婦関係の修復もしくは別居継続を検討するとの理由で、日本人の配偶者等の更新許可(1年)を得ました。
⑨ 2012年7月下旬、AとBは、協議離婚届を提出するに至りました。
離婚時点での在留資格は、日本人の配偶者等(1年)でした。
ABの婚姻期間自体は7年余でした。

(2) 申請方針
① 本件も、就労系への在留資格変更は可能性がなく、定住者への変更許可を申請する以外に考えられませんでした。
② ごく一般的な書類のほか、理由書、親族概要を添付しています。
③ 理由書には、
・上記のような来日後の経緯と夫Bとの婚姻、別居、離婚のいきさつ
・来日後22年を経過し、また、本国には頼れる親族ないし知人友人や資産等がないこと(親族概要との関連性)
・本国での就労経験がなく日本以外での就労・自活が困難であること
・現在の勤務先や職種に慣れていて、相応の勤続年数と収入もあり、身元保証人は勤務先の女将であって、今後とも公私にわたって保証してくれること
概ね、上記のような趣旨を記載しました。
④ 以上のような申請方針をもって、2012年11月上旬、定住者への在留資格変更許可申請をなしました(東京入管本局扱い、当職取次)。

(3) 審査結果
申請後、入管からは特段の連絡はなく、この当時の標準処理期間である3週間程度で許可されました。
許可内容 定住者、在留期間1年。

(4) 若干の感想
前記の案件と比較して、子の監護や福祉に関する事情は存在しません。
いわゆる離婚定住が認められるための婚姻期間や同居期間に関する参考になれば幸甚です。

3. 婚姻継続中に定住者への在留資格変更が許可された事案

日本人夫Aと外国人妻Bの夫婦が、4年間別居し、なお、1年以上前から夫婦関係調整調停事件(いわゆる離婚調停)が係属しています。まだ、離婚は成立していません。
Bは、2012年12月中旬、日本人の配偶者等(1年)の在留資格から定住者への在留資格許可申請をなしたところ、申請後、約2週間で許可されました(東京入管宇都宮出張所扱い、当職取次)。
許可内容 定住者、在留期間6月
(現時点での詳述は避けます。形骸的な婚姻継続中でも、定住者への変更許可はありうるという程度の記事に留めることにします。)

2012.04.20

在留特別許可関係書類

下記様式は、2012年10月1日に改訂されました。新様式は近々アップします。
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いわゆる在留特別許可案件に関する書式のご紹介です。
不法滞在の外国人が、日本人との婚姻など何らかの人道的事由により、退去強制手続の中で在留特別許可を求め、東京入国管理局調査第三部門(在宅事件担当)へ出頭申告するに際し、提出すべき書類等について、アップロードしました。
下記へアクセスしてご覧ください。
http://www.yshimada.com/nyuukanshoshiki.htm#2
http://www.yshimada.com/images/zaitoku.zip
http://www.yshimada.com/images/zaitoku.lzh
解凍すると全部で5つのPDFファイルが展開されます。
ここに掲載したファイルは次のとおりです。①陳述書、②陳述書記載方法(注意点)、③申告書、④配偶者履歴書、⑤提出書類について
もちろん、これ以外の書類を添付、提出すべき場合もありますので、詳細についてはメールや電話にてお問い合わせください。