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2013.12.26

2013年雑感

2013年の年末が近づいてきました。
若干、感想を交えながら緩い文章を記します。
・まず、広い意味での居住系在留資格に関してですが、2012年から2013年に掛けて在留特別許可の基準が非常に辛くなったことが明確になりました。おそらく法改正の後に裁決された事案から基準が変更されたものと思います。
 2回目以降の不法滞在の場合は一律不許可(退去強制)としている模様です。1回目の不法滞在でも、不法入国の場合は、不許可になる例が多く占めている模様です。
 不許可(退去強制)になっても、職権仮放免を得られて、30日延ばしの仮放免と出頭確認を繰り返す例もありますが、それが15日延ばしになると収容されてしまうようです。
・それと関連性があるかどうかわかりませんが、在留特別許可を受けた後の更新が“渋い”という印象を持っています。従前、配偶者案件では、1年を2回の後に3年に伸長というケースが一般的でしたが、在留特別許可を受けた後の更新ですと、収入・納税などに何の問題も感じないのに、1年を3回(在留特別許可1年、更新1年、更新1年)とされる例が目立ちました。
・収入と被扶養者数の点に関しても、従前から指摘されていたとおり、主たる生計維持者の収入が一定の数字(概ね80万円に、生計維持者と被扶養者の総数を掛けた数字)に届かない場合、1年しか付与されないケースが目に付きました。(一方、一家中に数名の就労者があって、その総額が一定の数字を満たす場合は、3年を付与されています。)
・永住に関しては……外国人の間で、「永住がなくなる」という噂が立っては止み、またその噂。という感じです。ですが、実は、最近は、一時期より、「緩くなった」という感想を持っています。
・難民認定案件に関しては、従前、何でもかんでも、提出されれば受け付けるという態度だったものが、最近は受付の段階で「どういう理由で、いつごろから本国に帰国できない理由が生じたのか」「どうして今ごろになって申請するのか」などウルサク聴くようになり、事実上、受付自体を制約するように見受けられます。どっさりと、インチキ難民が入管を占拠する状態ではなくなり、かえって良くなったな、という印象です。
・就労系に関しては、特に、投資・経営に関する審査が厳しすぎる傾向にあるようです。相当、慎重な準備を要するものと思っていますが、依頼人の皆さんが、旧知の人たちから聞いている従前の審査基準を信じてしまっていて、詳細な資料の準備を億劫がり、良くない結果を生んでいるケースも多いようです。

2013.11.04

いわゆる離婚定住案件(前科のある事例)

申請人は、栃木県に居住する40歳代前半のパキスタン国籍の男性です。
栃木県行政書士会業務第4グループ(国際部)が主催する相談会においでになったご依頼人です。
困難案件であると同時に、行政書士会の相談会が実を結んだ案件でもありました。

来日後の概略は次のとおりです。
・1999年11月、技能(1年)の在留資格で上陸許可。その後、更新許可。
・2002年5月、日本人女性と婚姻。
・同年8月、日本人の配偶者等(1年)に変更許可。
・2003年3月、第1子出生。
・同年8月、日本人の配偶者等(3年)の更新許可。
・2006年2月、第2子出生。
・同年8月、日本人の配偶者等(3年)の更新許可。
・2009年1月、妻に対する暴力事件を起こす。同時に、妻及び2児と別居。
・2009年8月、日本人の配偶者等(1年)の更新許可。
・同年10月、懲役数ヶ月・執行猶予3年の有罪判決を受ける。
・このころから、夫婦関係調整調停事件、離婚訴訟事件、子との面会交流調停事件が係属。
・2010年9月、日本人の配偶者等(1年)の更新許可。
・2011年10月、日本人の配偶者等(1年)の更新許可。
・2012年11月、日本人の配偶者等(6月)の更新許可。
・2013年6月、短期滞在(90日)に変更許可。
・同月、栃木県行政書士会主催の相談会で当職と面談。
・2013年8月、離婚に関する控訴審判決。離婚を認め、2児の親権者を母と指定。これにより、事実上、離婚が確定。
・2013年8月、定住者への変更許可申請(当職取次、東京入管本局)。
・同年10月、定住者(1年)に変更許可。

理由書の骨子
① 来日以来、13年以上が経過しており、在留履歴が長いこと。
 在留履歴が長いと、定住者の在留資格が認められやすくなります。
② 前妻との同居を伴った婚姻生活が、7年近くあったこと。
 実体を伴った婚姻生活の長さは、離婚定住案件において、大きな要素になります。
③ 定住者の在留資格を得られれば、現在、短期滞在のために休職している従前の職業に戻ることができ、生活の安定性があること。
 生計の安定性も、定住者の在留資格を認める要素になります。
④ 執行猶予付き有罪判決を受けたが、既に執行猶予期間が満了し、事件以降は、粗暴な振る舞いや違法な行為をしていないこと。
 現在の素行善良も1つの要素になると考えられます。
⑤ 家庭裁判所の家事調停(面会交流)で決められた内容を履行するには、日本に留まる必要があること。
 裁判内容の実行は、大きな要素になると考えました。
⑥ 在留資格が短期滞在(90日)へ変更になったとき、入管の担当者から、裁判が終わったら、定住者への変更が申請できると説明されたこと。

寸評
何が決定的な理由となって許可されたのか、一口で説明するのは難しいところがありますが、
私が検討した内容として、法務省の下記サイトにある
http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuukokukanri07_00057.html
「日本人の配偶者等」又は「永住者の配偶者等」から「定住者」への在留資格変更許可が認められた事例及び認められなかった事例について
のうち、
 2 「定住者」への在留資格変更許可が認められなかった事例
の1行目にある事案と本件は類似性があるため、十分に検討対象としました。
① (類似点) 申請人が男性であって、日本人の前妻があり、前配偶者との間に実子があって、かつ、その子を前妻が養育することになった点は、不許可事例も本件も同様です。
② (本邦在留期間) しかし、不許可事例では、本邦在留期間が4年10か月であるのに対し、本件では13年以上と格段に長くなっています。
③ (婚姻期間) また、不許可事例では、婚姻期間が3年とあるのに対し、本件では同居を伴った婚姻期間が7年近くあり、かつ、婚姻期間だけでいうと11年に及びます。
④ (面会交流調停の存在) 重要なのは、本件では、面会交流調停が成立していて、父子交流を続けるためには本邦への在留継続の必要性があると考えられる点です。
⑤ (前科の点) 更に、不許可事例では、消極要素として「詐欺及び傷害の罪により有罪判決」とある点が挙げられます。刑期は明記されていませんが、「詐欺及び傷害の罪」ですと、仮に執行猶予付き判決であっても、宣告された懲役刑は1年以上であったと推測できます。つまり、その場合は、長期上陸拒否事由(入管法第5条1項4号)に該当しますので、入管としては在留を認めがたかったでしょう。
 それに対して、本件では、宣告された懲役刑は月単位であって長期上陸拒否事由には該当しないし、また、執行猶予期間も満了していて、事件後は善良な社会生活を送っていたことも大きな要因であったと考えています。

2013.08.15

定住者の更新

~いわゆる連れ子定住者が就労しているケース~

(序) いわゆる連れ子定住者については、下記の定住者告示に規定があります。
http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyukan_hourei_h07-01-01.html
 定住者告示第6号(ニ)
 「日本人、永住者の在留資格をもって在留する者、特別永住者又は一年以上の在留期間を指定されている定住者の在留資格をもって在留する者の配偶者で日本人の配偶者等又は永住者の配偶者等の在留資格をもって在留するものの扶養を受けて生活するこれらの者の未成年で未婚の実子」
 わかりやすい例を挙げれば、日本人夫と外国人妻(日本人の配偶者等)の夫婦の、妻の実子がこれに当たります。この実子は、未成年で未婚であるほか、「扶養を受ける」という要件があります。
 「扶養を受ける」わけですから、扶養者である日本側の扶養能力(収入・資産)が問われることになります。同時に、未成年という条件ながら、年齢が高くなるほど、扶養を受けず自ら就労する可能性が増しますので、不利になります。実務上、本人の年齢が15歳か16歳を超えますと、許可される可能性がかなり低くなる傾向にあります。

1. 申請人Aは、1995年、香港人(国籍・イギリス)の父とタイ人の母Bの間に出生しました。

2. Bは、日本人の夫Cと婚姻して、日本人の配偶者等(3年)で在留しています。

3.① 2011年4月、Aは、短期滞在(90日)で来日し、同年7月、定住者への変更を申請しました(当職取次、東京入管本局)。
 変更申請の際には、身元保証人及び扶養者をCとしたうえ、CとBに関する就労・収入関係書類、本国では暮らして行けなくなった旨を記した理由書などを添付しています。
 このような申請の場合、Cに十分な扶養能力(収入)があれば問題ないのですが、CはBと出会って以来、2度にわたる大怪我を負い、低収入の状態でしたので、Bに関する収入についても提出し、理由書中でも上記のような状況を説明しています。
 入管からは、申請後、2回、追加書類の提出指示がありました。
 1回目「今後の日本語習得に関する具体的方策及び進路予定に関する説明書」
 2回目「Aが本国にいる間のABの母子交流に関する資料」
 特に、後者については、Bが日本人の配偶者等の在留資格を得た際に述べた陳述内容まで引用して説明を求めるなど、入管側もぎりぎりの判断をした旨が伺われました。
 ② 同年9月、定住者(1年)への変更を許可されました。

4. 2012年8月、Aは、定住者の更新(1年)を受けました(当職取次、東京入管本局)。

5. 2012年10月、Aは、就職しました。これは、Cが、Bと出会って3回目の大怪我をして働けなくなった点が大きな動機になっています。Aとしては、少しでも家計を助けなければならないという思いがあったのでしょう。
 また、Aは、来日後、全日制の学校へ通学していなかったことも、就職した理由になったように思えます。もっとも、これに関しては、全く日本語のわからない外国人が、初歩から日本語を学ぼうとするとき、地元自治体などが行っているボランティア日本語教室くらいしか学習の受入れ先がないことも、全日制の学校へ通っていなかった理由だと言えます。この辺も、入管への申請の際に、説明した範囲です。

6. 2013年7月、Aの更新申請を行いました(当職取次、東京入管宇都宮出張所)。
 ABCすべての在職、収入、納税関係書類と生活状況を記した理由書を添付しました。
 理由書には、Aの就職、Cの怪我と低収入なども記載しました。なお、申請書中では、Aの滞在費は、AとBの半々による負担であると記してあります。これは、CよりもBの収入額のほうが大きかったため、扶養者としてBを選択したこと。及び、Aが単独で生計を営むには所得証明書の数字が低すぎる(2012年の3か月分の収入しかない)ため、このような記載にしたわけです(それが入管的な発想であろうと判断しました)。

7. 入管の審査結果は、更新許可(3年)、と期間伸長されていました。
 変更1年、更新1年を経たのだから、更新3年は当然、と思われがちですが、Aはフルタイムで就労し、一人で生計を維持することも不可能ではないわけですから(その趣旨も入管には説明してあります)、前記の「扶養を受ける」の要件を外れることになります。このあたりは、入管の判断1つで、更新1年も、不許可も考えられなくはなかったということになります。
 因みに、連れ子定住者に関しては、成年に達しても、結婚しても、更新が許可される例は一般的に存在します。
 定住者のうち、「連れ子」は本当に不思議なカテゴリーだと思っています。
 私が常々口にする「親ビザ」「子ビザ」ですが、連れ子定住者は「子ビザ」がいつの間にか「親ビザ」になる在留資格です。
(~ 「親ビザ」「子ビザ」を語り始めると長くなりますので別稿に譲ります ~)

2013.06.02

証印転記の廃止

難しい問題ではないのですが、案外、周知されていないようですので、掲載しておきます。
2012年7月9日に施行された改正入管法によって、いわゆる証印転記は原則的に廃止されました。
証印転記とは、上陸許可、更新許可、変更許可、永住許可、取得許可、再入国許可など、古いパスポートに押された許可証印(スタンプもしくはシール)を、新しいパスポートに移記してもらうことです。
もともと任意の手続で、日本の入管当局としてはやってもやらなくても良い手続でした。
改正入管法の施行によって、更新許可などの許可証印(スタンプもしくはシール)をパスポートに押さなくなったこととパラレルに、証印転記も原則的に廃止されました。
入管が「例外的に認める証印転記」は、以下のとおりであるとのことです。
・上陸許可の証印
・再入国許可の証印
・在留期間3月未満の場合 (以上)

なお、旧法下において、必要的な証印転記を生じた国外におけるパスポート紛失のケースについては、現行法での取扱いを確認していませんので、この点はお含みおきください。

参考
・証印転記願出書
http://www.yshimada.com/images/tenki3.pdf
・再入国許可申請
http://www.moj.go.jp/ONLINE/IMMIGRATION/16-5.html
 上記サイトの末尾の記載を参照してください。
・再入国許可期限証明願
http://www.moj.go.jp/content/000099657.pdf

2013.04.20

「日配」更新<事例6>

在留資格「日本人の配偶者等」の在留期間更新許可申請に関する事例
(在留資格取消事由該当)

<事例6>
前夫と離婚し、現夫との婚姻を理由に更新許可を求めた事例。
住居地:茨城県
入管:東京入国管理局(本局)
申請時期:2013年3月上旬
事案概要:
(序)本件のテーマは、外国人女性Aが日本人夫Bと離婚をした後、日本に在留したまま日本人の後夫Cと再婚し、在留期間更新許可を求めた点で<事例4>http://office.yshimada.com/?p=164と類似しています。
 しかし、Aは、2012年7月の改正法施行により、前夫Bとの別居から6ヶ月以上経過したため、在留資格の取消事由に該当している点で、その法的立場に大きな相違があります。
(1) 外国人女性Aは、1992年に日本人夫Bと婚姻し、同年、日本人の配偶者等の在留資格で上陸し、同年中にAB間の長男が出生しました。以後、更新許可を続けてきました。
(2) 2011年6月、AはBと別居し、単身で暮らすようになりました。
2012年4月、Aは別居中のまま、日本人の配偶者等(1年)の更新許可を得ました。在留期限は、2013年4月下旬でした。
(3) Aは、転居後に勤務するようになった会社の同僚として日本人男性Cと知り合い、交際するようになりました。
(4) Aは、長男の親権者をBと指定し、2012年6月下旬、Bと協議離婚しました。日本法の待婚期間は、同年12月下旬までとなります。
(5) 改正法によると、改正法施行日の2012年7月9日以降に、日本人の配偶者等の在留資格(日本人の妻又は夫に限る)による上陸許可、更新許可、変更許可を受けた場合、離婚の旨を入管に届け出る義務を定めています。これについては、Aの更新許可が改正法施行日より前だったことから、この届出規定には該当しないことになります。
http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuukokukanri10_00016.html
(6) 一方、同じく改正法によれば、日本人の配偶者等の在留資格(日本人の妻又は夫)で在留していて、日本人配偶者と別居して6ヶ月を経過すると在留資格の取消事由に該当する、との趣旨の規定あります。この場合、日本人配偶者はBであり、なお、正当な理由がある場合は除かれますが、AB間には別居するにつき正当な理由は見当たりません(入管法22条の4第1項7号)。
(7) この点から、前記<事例4>と同じく、在留期間更新許可を申請して良いのかどうか、いささか疑問を生じました。
本件の対処法は、以下のとおりであろうと考えました。
① 認定案件として処理する方法
 AとBの離婚成立後、Aは速やかに帰国し、Cとの再婚が成立してから、日本人の配偶者等の在留資格認定証明書交付申請を行い、それに基づき、来日する方法です。
② 変更案件として処理する方法
 AとBの離婚成立後、Aは速やかに、定住者などへの在留資格変更許可申請を行う方法です。なお、AとCの再婚が成立した後、再び、日本人の配偶者等への変更許可申請を行う必要があることになります。
③ 更新案件として処理する方法
 AとBの離婚成立後、待婚期間(2012年12月下旬まで)が終わるのを待ってCと再婚の届出をなし、Cとの婚姻を理由に在留期間更新許可申請を行う方法です(又は、Aの本国法に待婚期間の規定がなければ、AとCでAの本国へ赴き、婚姻手続を行うことも考えられます)。
(8) 各方法の特徴を検討しますと、
 ①の方法が入管の本則であろうと思われます。
 ですが、同時に、当事者(AとC)はそれまでの生活を一変させなければならず、当事者が最も嫌う方法であろうとも言えます。
 ②の方法は、Aの在留履歴や夫Bとの同居・婚姻生活の長さ、独立生計要件など、定住者への変更許可に十分見込みがある場合に取りうる手段だと言えます。本件では、定住者への変更許可の可能性は十分にあり、かつ、他の在留資格への変更の可能性は考えられませんでした。
 しかし、再婚成立後にもう一度、日本人の配偶者等への変更許可申請を行う必要があるので、二度手間的であり、当事者に負担が大きい方法とも言えます。
 ③の方法ですが、Aの待婚期間が2012年12月下旬までであり、それから婚姻手続に入ったとして、婚姻成立後に更新許可申請を行うことになります。更新許可の申請時期は、原則として在留期限である2013年4月下旬の3ヶ月前である同年1月下旬以降となります。なお、前記(6)により、AはBと別居して6ヶ月を経過すると在留資格の取消対象になるわけですが、その起算点は改正法施行日の翌日(2012年7月10日)であると解釈されており、2013年1月10日以降、Aは在留資格の取消対象になると解されます。
 つまり、本件では、在留資格取消対象の時期に入らないと更新許可の申請は出せないことになりますので、入管が受け付けてくれるのか、また、許可の可能性はどの程度あるのか、大いに疑問であると言えます。改正法により、在留資格の取消対象となったことで、<事例4>と法的地位が大きく異なることになりました。
 ですが、当事者にとっては、それまでの生活を変える必要がなく、また、1回の申請で済みますので、大変便宜ではあります。
(9) このように、それぞれの方法にプラス点、マイナス点がありますので、どの方法が適切であるのか、というより、③の方法(更新手続)を取って良いのかどうか、2012年秋、東京入管本局永住審査部門の意向を聴いてみました。もちろん、在留期限や待婚期間など、日付を示して説明をしました。そうしたところ、同部門の回答は「更新手続で良い」とのことでしたので、この方法によることにしました。
(10) Aが離婚したことによる本国での復氏の手続と復氏後のパスポート発行、本国の独身証明書や在日大使館の婚姻要件具備証明書の発行。また、Cの親族の説得(初婚であるCは老母との2人暮らしでした)など、当初の予定より案外時間が掛かり、AとCの再婚が成立したのは、2013年2月下旬になりました。
(11) 戸籍謄本が出来るのを待ち、同年3月上旬、東京入管永住審査部門へ在留期間更新許可申請を出しました(当職取次)。このとき、Aの本国での婚姻証明書はまだ出来ていませんでしたので添付せず、入管から追加要求があれば提出できるよう準備を進めていました。
(12) 提出した書類は概ね以下のとおりでした。要するに、申請書だけ更新許可を使い、その他の添付書類は認定案件に準じています。
・在留期間更新許可申請書
・身元保証書
・質問書(http://www.moj.go.jp/content/000007383.pdf)(※1) 
・スナップ写真5枚程度
・Aの戸籍謄本(婚姻事項の記載のあるものです)
・AとCの住民票写し
・Cの在職証明書、住民税課税証明書、同納税証明書(※2)
・Aの住民税課税証明書、同納税証明書(※3)
・Bの戸籍謄本(※4)
・住居の概要(※5)
といったところです。
(※1)質問書別紙として「婚姻に至る経緯書」を添付しています。また、事前に永住審査部門を訪ね、更新許可申請で良い旨の指導を受けたことも記載しました。 
(※2)CがAを扶養するという申請内容にしたため、Cの扶養能力と申告納税義務を果たしていることを証明するためです。
(※3)Aにも生活力があること、つまり、仮に入管が更新許可に消極的審査をした場合にも定住者の要件が整っていることの証明となるため。また、きちんとした申告納税義務を果たしていることを証明する(在留状況の良好さを示す)ためです。
(※4)一般的に前夫の戸籍謄本を添付するようにしています。
(※5)現地調査の可能性があるので添付するようにしています。
(13) 申請後、1ヶ月以上を経過した4月中旬になってから、追加資料の要求がありました。
 追加資料は「質問書」と題する書類で、これは、認定案件で添付する上記URLの「質問書」とは内容が異なる下記のような様式でした。
http://www.yshimada.com/images/koushin_shitsumonsho.pdf
 これに従って記載し、また、アパートの賃貸借契約書のコピーとスナップ写真2枚(既に提出済みのものと異なるものにしました。スナップ写真は申請時点で数枚添付していますので可笑しな具合ですが、質問書の中で追加要求されていますので逆らわずに提出することにしました)。
 この質問書(koushin_shitsumonsho.pdf)の内容を見ていますと、入管は、何らかの調査をした結果、「AC夫婦が同居していないのではないか」と思ったようです。そして、別居もしくは外泊について合理的な理由があるかどうかを尋ねているようです。実は、夫Cの勤務形態が昼勤・夜勤の1週間交代だったので、入管が同居事実を誤認したのかもしれません。
(14) 質問書(koushin_shitsumonsho.pdf)を郵便で送付し、それが入管に到着したと思われる日付で、入管から葉書が発送されてきました。
 数日後、在留カードを受領してきました。
 許可内容 更新許可、日本人の配偶者等(1年)
(15) 離婚の届出義務はなく(5)、在留資格取消事由に該当している(8)、という珍しい案件でした。今後、同種の案件は、離婚の届出義務にも在留資格取消事由にも該当することになるでしょう。
 より一層の慎重な申請方針の検討が求められるところであろうと思われます。

2013.03.29

上陸特別許可案件(12)

上陸特別許可の在留資格認定証明書の例

事案の概要
1) 申請人は、インドネシア国籍の男性Aです。
2) Aは、2005年9月、名古屋博覧会のメンバーとして特定活動6月の在留資格で上陸を許可されましたが、最初から不法残留をして就労するつもりだったようです。
3) 同年12月、後に妻となる日本人女性Bと職場の同僚として出会い、交際を開始しました。交際開始後1年を経過したころから、ABは同居生活を送るようになりました。
4) Bには戸籍上の夫がいましたが、婚姻関係は破綻していました。Bと前夫の間には3児があり、3児の親権者を前夫と指定して、2008年3月に協議離婚が成立しました。ただし、その後も、Bと3児、また、Aと3児の間にも交流がありました。
5) 2008年6月、Aは不法滞在の容疑で警察の摘発を受け、入管に収容されました。Bは、Aの仮放免申請や在留特別許可を求めるなど努力しましたが、待婚期間中でもあり、Bは同年9月に退去強制処分となりました。このとき、入管職員から「上陸拒否5年に該当する、5年間は絶対日本に入れない」と説明され、ABはそれをまともに信じてしまったようです。
6) そこで、Bは、Aの祖国であるインドネシアで暮らす決意を固め、住民票もインドネシアへ転出の届出を提出して、ABによるインドネシアでの生活がスタートしました。
7) 同月(2008年9月)、待婚期間が終わると同時にABはインドネシア式の婚姻を成立させ、翌月には在インドネシア大使館に日本側婚姻報告を提出しています。
8) Bが日本に一時帰国することもありましたが、ABは、婚姻後4年ほどの期間のほとんどをインドネシアで暮らしました。その間、2010年1月には、AB間の長女Cが出生しています。Cは出生によりインドネシア国籍のほか日本国籍も留保しています。
9) Bは、2012年11月、単身で日本に戻り、ABCの3人で日本での生活を再開すべく、準備を開始しました。
10) 当職は、この直後に、Bから依頼を受け、Aの来日許可(上陸特別許可)に向けて事務を開始しました。AB間に実子があること、退去強制後4年を経過していること、退去強制後の期間のほとんどをAB夫婦が同居して暮らしてきたこと、退去強制前にも同居歴があることなど、有利な条件が多く、上陸特別許可案件としては、もっとも平易な部類に入ると思われました。
11) しかし、ネックになるのはBには4年以上も日本の住民票がなく、よって、所得申告もできず、住民税課税証明書や納税証明書を添付することはできません。Bは来日直後からアルバイト的な仕事を開始していたので、在職証明書と給与明細1ヶ月分は添付できる見込みでしたが、ABC揃っての日本での生計に安定性を持たせる方法を考慮しなければなりませんでした。
12) こういった場合の解決法として、以下の3つの方法を考えました。
① Bの預金残高証明書(一家3人なら300万円程度以上が適切)を添付する方法。
② Bの両親などに身元保証人になってもらい、その身元保証人の所得証明書等を添付する方法。
③ Aが来日後に就労するものとして、Aの雇用見込み証明書を添付する方法。
検討の結果、Bの財産状況や親族状況からして①と②は諦めざるをえませんでした(過去において、①②の手法とも在留資格認定(上陸特別許可)を得た経験がありました)。
残る③の方法ですが、これはかなり危険な手法でもありますので、できれば避けたいところです。当然ではありますが、「婚姻したから来日するのではなく就労が目的で来日するのではないか」と入管当局に疑念を掛けられる可能性があるからです(要するに偽装性の疑い)。これに関しては、過去に入国審査官との対話の中で「よほど婚姻信憑性が高い」場合には取りうる手段であることを知っていました。本件が、「よほど婚姻信憑性が高い」事案であることは上記10)のとおりですので、この方法を用いることにしました。
13) 2013年1月下旬、当職取次にて名古屋入国管理局へ在留資格認定証明書交付申請書を提出しました。
同年3月下旬、在留資格認定証明書が交付されました。
在留資格「日本人の配偶者等」、在留期間「1年」。
認定証明書の右肩上には、「5-1-9(ロ)」と朱書きされています。これは、入管法5条1項9号ロ、つまり、5年間の上陸拒否に該当しているということ。そして、上陸拒否期間中でありながら(上陸特別許可を前提とした)在留資格認定証明書であることを意味します。旧法下では「7-1-4」と記載されていたのと同じ趣旨です。
14) AB夫婦が上記5)のとおり、「入管職員に5年間は絶対に来日できない」と言われたことをそのまま信じてしまい、適切な相談相手がなかったことが、Aの来日を大きく遅らせる結果となってしまいました。入管職員の不適切発言など残念な要素のある事案でしたが、インドネシアにおけるAB夫婦とC児の幸福そうな生活ぶりを垣間見ることができ、救われた気持ちにもなる事案でした。
今後の日本での生活により一層の幸福が待っていることを祈念してやみません。

2013.03.15

定住者への変更許可案件(いわゆる離婚定住)

本稿では、日本人の配偶者等の在留資格で在留していて、離婚後に定住者の在留資格への変更を許可された事例等について掲載してみます。

1. 同一配偶者間で2回の婚姻離婚の経緯を経た事案

(1) 本件申請に至るまでの経緯 -1回目の結婚生活-
① 当事者は、外国人男性Aと日本人女性Bの夫婦です。夫Aと妻Bは、2006年2月に1回目の婚姻をしました。
② Aには、本国での仕事(自動車関係輸出入業)があり、結婚後もすぐには同居生活に入りませんでした。 
③ Aは、婚姻成立後の2006年3月と7月に短期滞在の資格で来日し、合計70日余りをBと共に暮らしました。
④ 短期滞在中に、AB間の長男Cが出生しています。
⑤ Aは、2007年1月には、日本人の配偶者等(3年)の在留資格で上陸を許可されています(在留期限2010年1月)。
⑥ AB夫婦の日本での居住地は、Bの実家であり、Bの両親との同居生活でした。AB夫婦はもともと仲は悪くなかったのですが、“しゅうと”との関係が、夫婦関係に亀裂を生んだようでした。
⑦ 2008年8月、ABは協議離婚をし、Aが別居する形で1回目の結婚生活に終焉を迎えました(1回目の婚姻期間は約2年半、同居期間は約1年半)。

(2) 本件申請に至るまでの経緯 -2回目の結婚生活-
① ABは、2009年12月に2回目の婚姻届を提出しました。
② 上記のとおり、“しゅうと”との関係が問題でしたので、Bも実家を出て、ABCだけで生活するようになりました。
③ 2010年1月には、在留期間(1年)に短縮されて更新許可されました。
④ 2010年10月には、二男Dが出生しました。
⑤ しかし、2011年11月には、「本国に軸足を置いた生活」=(Bの主張)、「両親の支配から抜けきれない生活」=(Aの主張)という意見の対立を生み、結果、CDの親権者をBと指定して、再び、協議離婚を届け出ました(2回目の婚姻期間及び2回目の婚姻中の同居期間は、共に約1年11ヶ月)。BCDは、Bの父母宅の隣家で生活を開始しました。
⑥ なお、在留期間更新に関しては、2011年11月の離婚直前に更新許可(1年)を得ていました。在留期限は2013年1月中旬でした(ここまで当職は一切取扱いなし)。

(3) 本件申請に至るまでの経緯 -離婚後の交流-
① 離婚しても、AB元夫婦とACDという父子は離れ離れになってしまったわけではありませんでした。
② Aが、BCDという元妻と子供たちに頻繁に会いに行き、ABCDの4人で公園や動物園で遊んだり、AがCDの幼稚園行事や誕生祝いに参加したり、AからBにプレゼントを渡したり、BがAにA本国での買い物(美容品等)を依頼したり、外面から見て4人で一家と受け取れる生活部分も存在し、それを裏付ける写真などもありました。
③ また、離婚の前後を通じて、AからBへ生活費や養育費の授受記録が残されていました。
④ ABが3度目の再縁をするのではないかと思わせる言動もありました。

(4) 申請方針
離婚が成立し、就労系在留資格への変更の可能性は、模索する余地がありませんでした。
Aが在留を希望する以上、定住者への変更許可申請を行う以外にありません。
しかし、2回の離婚と同居期間、子の親権を考慮すると、厳しい審査を予想せざるを得ませんでした。
そこで、許可へのアプローチの仕方として2つの可能性を模索しました。
① 日本人の実子を扶養する外国人親に定住者の在留資格を付与する旨の平成8年7月30日付け「定住通達」があります。当サイト内では下記に載せてあります。外国人親が子の親権者となり、日本において相当期間、子を現実に監護養育していることが要件になります(本件ではその要件がありません)。
http://www.yshimada.com/yybbsplus/yybbs.cgi?mode=new_html&no=9
そして、平成14年4月26日付け東京地裁判決(確定)は、定住通達を一歩踏み込んだ解釈をしたと評価されています。同判決にいうところでは、定住通達は、「子が安定した生活を営めるようにする」「幼い子と外国人親との関係が人道上十分な配慮を必要とする」ために外国人親に定住者の在留資格を付与するという趣旨である。だから、仮に外国人親に親権がなく現実に監護養育していなくても、定住告示や定住通達に定められた事由と同視すべきような特別の事情が認められるときは、定住者としての在留を認めるべきだ、と解釈できます。つまり、外国人親と子の間に深い交流があるときは、定住通達に該当する場合と同視すべきだという趣旨だと理解しました。
本件の場合、親権もなく手元で養育しているわけでもありませんが、平成14年判決の趣旨に近い親子の交流があったといえるのではないか、ということです。
② 日本人の配偶者等の在留資格で在留していて離婚したが、「実体を伴った婚姻生活が3年以上ある場合には、定住者の在留資格を付与する」との入管内規があるらしいという角度の高い情報がありました(その他、独立生計要件などの要件が必要です)。
この点、入管職員のマニュアルである入国在留審査要領を開示請求すると、黒塗りになって出てくる(非開示)箇所なのですが、実務の情報を収集すると「実体を伴った婚姻生活3年以上」で間違いないようです(最低ライン)。
③ 以上、定住通達を拡大解釈した平成14年判決に近い親子の交流がある点。2回の結婚期間を合計した年数。この2点を柱とし、それを裏付ける証拠を添付して、2013年1月上旬、定住者への在留資格変更許可申請をなしました(東京入管宇都宮出張所扱い、当職取次)。

(5) 追加書類の要求
申請後7週間を経過した2013年2月下旬になってから、追加書類の提出要求が来ました。
内容は、
1) 給与明細書(直近から3-4か月分)
2) 婚姻をしていた期間での同居をしていた日数の詳細
ということでした。
まず、1)に関しては、前妻Bや子CDとの生活の基盤が東京都内にあり、住民税課税証明書、同納税証明書の発行地も都内となっています。それに対して、申請時点でのAの住居地は茨城県であり、在職証明書も同様に茨城県の会社から発行されています。申請の段階で法務省所定の住民税課税証明書、同納税証明書は添付しましたが、在職証明書の所在地と納税証明書等の発行地に相違があることから、入管としては、在職証明書にあるとおり本当に茨城県内の会社で就労しているのかどうか、生計の安定性があるのかどうか、確認したかったのだろうと思います。これに関しては、給与明細書を8か月分ほど(つまり茨城県の会社に就職して以来、直近のものまで)と平成24年度源泉徴収票を提出しました。
次に、2)に関しては、結婚離婚を繰り返し、同居期間が明瞭ではないので、その点の詳細説明書を提出して欲しいというのが入管の指示でした(書面のほかに電話でも追加の指示を受けていました)。
よって、婚姻日、同居日、同居期間、別居日、離婚日を一覧にして提出しました。

(6) 審査結果
追加書類を提出して1週間経過する前に葉書を受領しました(指定の受領期間は特例期間の満了日になっていました)。
在留カードの受領に出向いたのはその数日後の2013年3月初旬です。
ここで、入国審査官から説明がありました(こういう細かい心配りが宇都宮出張所の良いところでもあります)。
・親権がないこと(マイナス要素)
・子供への送金を続けているなど、交流があることが認められること(プラス要素)。なお、今後とも、このような金銭的扶助、交流を継続してほしいとのご指導をいただきました。
・婚姻中で、かつ、同居していた期間を合計すると、何とか3年に達すること。
(この点は、入国在留審査要領の非開示箇所ですが、従前からの推測である「実体を伴った婚姻生活3年以上」を口頭で説明してくれたことになります)。
以上によって、ギリギリ何とか許可という結果になりました、との説明を受けました。
許可内容 定住者、在留期間1年。

(7) 若干の感想
本件に関しては、定住者への変更許可申請を行う以外に手立てがありませんでした。
そして、当初、口頭でこの相談を受けた段階では、ごく普通に、「日本人の配偶者等1年、更新1年、更新3年で、離婚した。実子はあるが親権はない。父子交流はある。」と推測し、そうであれば、婚姻期間は5年程度になるので、許可見込みがあるものと思って受任したわけです。
ところが、面談し、パスポートを点検して、上記のような2回の婚姻、離婚の繰り返しをした事案だと確認し、暗澹たる思いになったものです。
しかし、平成8年定住通達を類推・拡大解釈した平成14年判決を知っていましたから、金銭扶助を含めた父子交流に望みを掛けた申請でした。実際に、当職も、Aと面談約束をしながら、AがBCDの元へ飛んでいってしまったという場面に遭遇しました。
入管の判断は、上記のとおり、「金銭的扶助と父子交流」「前妻との婚姻中の同居期間3年以上」という、いわば“合わせ技”によって与えられた許可でした。
今後とも、申請人Aには、子CDに対する養育費扶助などの交流を継続するように良く伝え、事務完結となりました。

2. いわゆる離婚定住案件のうち比較的ノーマルな事案

(1) 本件申請に至るまでの経緯 –来日してからの履歴-
① 外国人女性Aは、1990年11月に短期滞在90日の在留資格で上陸し、そのまま不法残留、不法就労していました。主な就労先は、観光旅館でした。
② Aは、2002年9月、日本人男性Bと旅館業勤務の同僚として出会いました。Bの仕事は調理師でした。
③ 2005年1月、ABはBの住居にて同居を開始し、同年6月に婚姻届を提出しました。AB間には実子も連れ子もありません。
④ 2005年12月、Aは、在留特別許可により日本人の配偶者等(1年)の在留資格を付与されました。
⑤ Aは、在留特別許可の直後から、住居に近い場所にある旅館に仲居として勤務するようになりました。これは、夫Bが、過疎化する同地では調理師として雇用してもらえなくなり、慣れない土木関係の仕事に就いたものの収入が安定しなかったからです。しかし、Bの生活力の低さは改善されず、やがてAの収入で家計を支えてゆかざるを得なくなってゆきました。
⑥ 2011年9月、Aは、Bと別居し、勤務先の寮で生活するようになりました。別居時点での在留資格は、日本人の配偶者等(3年)でした。
⑦ AとBは、同居開始から別居まで6年半余、婚姻から別居まで6年3ヶ月ほど、在留特別許可から別居まで5年10ヶ月ほどになります。
⑧ 2011年12月、Aは、夫婦関係の修復もしくは別居継続を検討するとの理由で、日本人の配偶者等の更新許可(1年)を得ました。
⑨ 2012年7月下旬、AとBは、協議離婚届を提出するに至りました。
離婚時点での在留資格は、日本人の配偶者等(1年)でした。
ABの婚姻期間自体は7年余でした。

(2) 申請方針
① 本件も、就労系への在留資格変更は可能性がなく、定住者への変更許可を申請する以外に考えられませんでした。
② ごく一般的な書類のほか、理由書、親族概要を添付しています。
③ 理由書には、
・上記のような来日後の経緯と夫Bとの婚姻、別居、離婚のいきさつ
・来日後22年を経過し、また、本国には頼れる親族ないし知人友人や資産等がないこと(親族概要との関連性)
・本国での就労経験がなく日本以外での就労・自活が困難であること
・現在の勤務先や職種に慣れていて、相応の勤続年数と収入もあり、身元保証人は勤務先の女将であって、今後とも公私にわたって保証してくれること
概ね、上記のような趣旨を記載しました。
④ 以上のような申請方針をもって、2012年11月上旬、定住者への在留資格変更許可申請をなしました(東京入管本局扱い、当職取次)。

(3) 審査結果
申請後、入管からは特段の連絡はなく、この当時の標準処理期間である3週間程度で許可されました。
許可内容 定住者、在留期間1年。

(4) 若干の感想
前記の案件と比較して、子の監護や福祉に関する事情は存在しません。
いわゆる離婚定住が認められるための婚姻期間や同居期間に関する参考になれば幸甚です。

3. 婚姻継続中に定住者への在留資格変更が許可された事案

日本人夫Aと外国人妻Bの夫婦が、4年間別居し、なお、1年以上前から夫婦関係調整調停事件(いわゆる離婚調停)が係属しています。まだ、離婚は成立していません。
Bは、2012年12月中旬、日本人の配偶者等(1年)の在留資格から定住者への在留資格許可申請をなしたところ、申請後、約2週間で許可されました(東京入管宇都宮出張所扱い、当職取次)。
許可内容 定住者、在留期間6月
(現時点での詳述は避けます。形骸的な婚姻継続中でも、定住者への変更許可はありうるという程度の記事に留めることにします。)

2013.02.02

改正法施行後の永住許可事例

近時、永住許可がかなり厳しくなっているという声を耳にすることがあります。
本稿では、2012年7月9日の法改正後に永住許可された事例を掲げてみます。たまたまですが、本日ご紹介する申請人はすべて男性ということになりました。

1 上陸特別許可による永住者の配偶者等からの永住許可
① 来日後の履歴
2008年7月、上陸特別許可(上陸拒否期間中の上陸許可。当職取次)を得て上陸し、永住者の配偶者等(1年)を付与されました。
永住者である妻及び妻の第三子(小学生)と同居生活を送り、更新1年(2009年)、更新3年(2010年)を許可されました。
② 申請時期と添付書類
2011年11月、東京本局へ永住許可の申請をしました(当職取次)。
上陸から3年、婚姻後4年経過の時点での申請ということになります。
法務省がアナウンスしている添付書類のほか、住居報告、親族概要、スナップ写真、理由書を添付しました。理由書の内容は主に「永住許可を得て政府系金融から融資を受け、自宅を購入したい」との趣旨です。
③ 追加書類等
入管からは、追加の書類提出などは求められませんでした。目立つ形での自宅調査も電話照会もありませんでした。
ただし、震災の影響で空き家になった半壊家屋の無償譲渡を受け(自己補修して居住)、土地は賃借する形で転居したので、その居住関係報告と、相変わらず政府系金融からの融資を受けて土地建物を自己名義にしたい趣旨は入管に報告しました。 
④ 許可の受領
2012年7月下旬に葉書を受領し、8月上旬に在留カードを受領しました。
⑤ 寸評
夫婦共働きであり、世帯の所得額、住民税の課税・納税も問題ありませんでした。
この案件を見る限り、法改正前と全く変わりがないという印象を受けました。

2 在留特別許可による永住者の配偶者等からの永住許可
① 来日後の履歴
不法残留後、永住者である妻と婚姻し、2007年2月、在留特別許可を得、永住者の配偶者等(1年)を付与されました。
永住者である妻と同居生活を送り、更新1年(2008年)、更新3年(2009年)を許可されました。
② 申請時期と添付書類
2012年1月、東京本局へ、更新3年と永住許可の同時申請をしました(当職取次)。
在留特別許可から5年、婚姻後6年弱の時点での申請ということになります。
(更新はこの当時の基準どおり4週間程度で許可証印を得ました。)
法務省がアナウンスしている添付書類のほか、住居報告、親族概要を添付しました。スナップ写真や理由書は添付していません。在留特別許可から5年も経過しているので、細かい説明は不要と考えたためです。
ただし、この永住者妻は視覚障害者で無職無収入のため、第三者の身元保証人と所得証明書を添付しました。
③ 追加書類等
入管からは、2回に渡って追加の書類提出を求められました。
ⅰ)申請人に掛かる過去2ヵ年分、申請後1ヵ年分の市県民税課税・納税証明書
ⅱ)妻に掛かる直近1ヵ年分の市県民税課税・納税証明書
まず、ⅰ)に関してですが、申請書には法務省のアナウンスどおり、申請時点での直近1ヵ年分の市県民税課税・納税証明書を添付したのですが、その前年・前々年分と、時間経過により提出することが可能になった申請後の市県民税課税・納税証明書を追加要求されたわけです。
これは、他からも報告があるように、近年、所得申告や納税義務の履行を厳密に調査するようになった結果と言えます。
ⅱ)に関しては、ⅰ)のうち申請後1ヵ年分の市県民税課税証明書に「被扶養配偶者 無」となっているところに、入管が目をつけたことによるものです。申請人は、勤務先会社に「被扶養配偶者 有」と報告していたのに、会社がそれを無視し、「被扶養配偶者 無」との源泉徴収を行った結果によるものです。妻に関しては市県民税非課税証明書を提出、申請人については確定申告をやり直したうえ「被扶養配偶者 有」と変更された後の市県民税課税・納税証明書を追加提出しています。
④ 許可の受領
2012年9月中旬に葉書を受領し、同月中に在留カードを受領しました。
⑤ 寸評
申請時点から見て直近年度の市県民税課税・納税証明書を添付したうえ、追加資料として申請時点から見て過去2ヵ年分、申請時点から見て次年度1ヵ年度分、つまり、4ヵ年分の課税・納税証明書に意を払わなければならなくなったことを意味します。

3 上陸特別許可による日本人の配偶者等からの永住許可
① 来日後の履歴
2008年12月、上陸特別許可(上陸拒否期間中の上陸許可)を得て上陸し、日本人の配偶者等(1年)を付与されました。
日本人妻と同居生活を送り、更新1年(2009年)、更新1年(2010年)を許可されました。ですが、在留期間1年を3回という処分を受けたことから、2011年の更新時期は当職が取次し、更新3年を許可されました。
② 申請時期と添付書類
2012年6月、東京本局へ永住許可の申請をしました(当職取次)。
上陸から3年半、婚姻後6年弱の時点での申請ということになります。
法務省がアナウンスしている添付書類のほか、住居報告、親族概要、スナップ写真、理由書を添付しました。
夫婦とも就労していているため、夫婦とも在職証明書、市県民税課税・納税証明書を添付しています。なお、申請時期が6月中旬であり、高収入である妻に関する納税時期が未到来だったため、念のため、妻についてのみ直近年度とその前年の市県民税課税・納税証明書を添付しています。
理由書の内容は主に「祖国の親族との交流がなく、過去・将来とも一時帰国しない。生涯を日本で暮らしたい」との趣旨です。
③ 追加書類等
ⅰ)申請人(外国人夫)について
 - 過去3年分の国民健康保険料納付済額証明書又は社会保険証のコピー
 - 国民年金又は厚生年金全部の納付状況
 - 住民税課税・納税証明書(直近の前年と前々年分)
ⅱ)日本人妻について
 - 過去3年分の国民健康保険料納付済額証明書又は社会保険証のコピー
 - 住民税課税・納税証明書(直近の前年と前々年分)
一部は申請時点で添付した書類と重複するように思いますが、入管の見落としでしょうか。いずれにしても、市県民税課税・納税証明書関係だけではなく、国民年金や健康保険料についてまで、履行しているかどうか調査するようになった点には注目しなければなりません。
④ 許可の受領
2013年1月上旬に葉書を受領し、同月中旬に在留カードを受領しました。
⑤ 寸評
この申請人ご夫婦は、妻のほうが安定した収入があって主たる生計維持者になっています。どうも、入管は申請人(夫)の低収入を訝しく思っていたのかもしれませんが、申告、納税、年金、保険のどこにも不正はないことが理解され、許可されたものと思われます。

2012.11.19

上陸特別許可(長期上陸拒否事由該当)案件

上陸特別許可(長期上陸拒否事由該当)の在留資格認定証明書

事案の概要
申請人Aはタイ国籍の男性です。
不法残留による退去強制処分を受け、後年、不法入国による退去強制処分を受けたことがあります。その後、また、不法入国して不法滞在・不法就労していたところ、2006年9月に逮捕、起訴され、同年11月に関東地方の地方裁判所において、懲役2年6月、執行猶予4年の有罪判決を受け、同月、退去強制処分を受けたものです。長期上陸拒否事由に該当します。
申請人Aは、2003年から摘発された2006年まで3年余の期間を同国籍の永住者女性Bと関東地方で同居生活を送っていました。
申請人Aの退去強制後、永住者女性Bは、相応の回数、タイ国への渡航を繰り返していました。
2007年12月、AB間で、タイ式婚姻が成立しました。
2009年、2010年、2011年と1年に1回ずつ在留資格認定証明書交付申請を試みましたが、いずれも上陸拒否事由該当を理由に不交付とされました。不交付理由説明の席では、「不法入国その他、ありとあらゆる手段(名前を変えたり、整形までした等)を駆使して日本に入ろうとしていて悪質。現状として特別に保護されるような事情は見当たらず、今後、よほど人道的に汲むべき事情が発生しない限りは難しい。タイ渡航と入管への申請を根気強く続けるしかない。」というような説明を繰り返されました。
夫婦とも50歳前後であり、夫婦間には実子がありません。本国には縁の離れた兄弟や独立した子がある程度で、強いて言えば本国との結び付きが弱い点が有利であろうか、という程度でした。
2012年8月に、4回目の在留資格認定証明書交付申請書を提出しました。いずれも、当職取次、東京本局への申請です。
2012年11月中旬、在留資格認定証明書が発給されました。退去強制から6年執行猶予期間の満了から2年を経過しています。
過去の不交付理由説明からして、恐らく今回も不交付であろうと思っていたのですが、嬉しい大誤算となりました。
過去にも、上陸拒否事由該当者の在留資格認定証明書は相応枚数の交付を受けていますが、長期上陸拒否事由該当(いわゆる永久追放)で、夫婦間に実子のない永住者の配偶者の案件での交付というのは、過去に情報を得たことがありませんでした。
過去に受けた上陸拒否事由該当者の在留資格認定証明書の場合、認定証の右肩上に「7-1-4」と朱書きされていましたが、本件では「5-1-4」とスタンプされています。いずれも、入管法の条文ですが「5-1-4」と書くとこの事案自体の意味を示すことになります。「日本国又は日本国以外の国の法令に違反して、一年以上の懲役若しくは禁錮又はこれらに相当する刑に処せられたことのある者」であり、長期、つまり、無期限の上陸拒否事由該当です。
また、法務省のホームぺージ上では、上陸拒否事由該当に関する上陸手続の簡素化が記載されていますが、
http://www.immi-moj.go.jp/newimmiact/q_a_details8.html#q8-2
本件では、ここにある「通知書」ではなく、従前どおり“到着便の事前通知”を求める「お知らせ」が同封されていました。つまり、上陸港において、上陸拒否事由該当者に対する上陸審判を、形ながらも行うことを意味しています。
「お知らせ」についてはこちらからご覧ください。
本件以前の上陸特別許可案件に関しては、こちらこちらからご覧ください。
追って、12月には査証発給の上、上陸が認められました。
本稿が、長期上陸拒否事由該当案件の1つの目安になれば幸甚です。

2012.10.17

在留特別許可関係書類(2012年10月版)

在留特別許可案件に関する様式のうち、2012年10月に、陳述書と配偶者履歴書が新様式に変更されました。これをアップロードしましたので、下記へアクセスしてご覧ください。
http://www.yshimada.com/nyuukanshoshiki.htm#2
http://www.yshimada.com/images/zaitoku201210.zip
解凍すると全部で8つのPDFファイルが展開されます。
ここに掲載したファイルは次のとおりです。①提出書類について(配偶者案件)、②提出書類について(その他の案件)、③陳述書(新様式)、④陳述書の書き方(新様式)、⑤配偶者履歴書(日本人配偶者用、その書き方=新様式)、⑥配偶者履歴書(外国人配偶者用=新様式)、⑦申告書、⑧住居の概要(最寄り駅から居宅までの経路図作成のために参照)。
もちろん、これ以外の書類を添付、提出すべき場合もありますので、詳細についてはメールや電話にてお問い合わせください。

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