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2013.11.04

いわゆる離婚定住案件(前科のある事例)

申請人は、栃木県に居住する40歳代前半のパキスタン国籍の男性です。
栃木県行政書士会業務第4グループ(国際部)が主催する相談会においでになったご依頼人です。
困難案件であると同時に、行政書士会の相談会が実を結んだ案件でもありました。

来日後の概略は次のとおりです。
・1999年11月、技能(1年)の在留資格で上陸許可。その後、更新許可。
・2002年5月、日本人女性と婚姻。
・同年8月、日本人の配偶者等(1年)に変更許可。
・2003年3月、第1子出生。
・同年8月、日本人の配偶者等(3年)の更新許可。
・2006年2月、第2子出生。
・同年8月、日本人の配偶者等(3年)の更新許可。
・2009年1月、妻に対する暴力事件を起こす。同時に、妻及び2児と別居。
・2009年8月、日本人の配偶者等(1年)の更新許可。
・同年10月、懲役数ヶ月・執行猶予3年の有罪判決を受ける。
・このころから、夫婦関係調整調停事件、離婚訴訟事件、子との面会交流調停事件が係属。
・2010年9月、日本人の配偶者等(1年)の更新許可。
・2011年10月、日本人の配偶者等(1年)の更新許可。
・2012年11月、日本人の配偶者等(6月)の更新許可。
・2013年6月、短期滞在(90日)に変更許可。
・同月、栃木県行政書士会主催の相談会で当職と面談。
・2013年8月、離婚に関する控訴審判決。離婚を認め、2児の親権者を母と指定。これにより、事実上、離婚が確定。
・2013年8月、定住者への変更許可申請(当職取次、東京入管本局)。
・同年10月、定住者(1年)に変更許可。

理由書の骨子
① 来日以来、13年以上が経過しており、在留履歴が長いこと。
 在留履歴が長いと、定住者の在留資格が認められやすくなります。
② 前妻との同居を伴った婚姻生活が、7年近くあったこと。
 実体を伴った婚姻生活の長さは、離婚定住案件において、大きな要素になります。
③ 定住者の在留資格を得られれば、現在、短期滞在のために休職している従前の職業に戻ることができ、生活の安定性があること。
 生計の安定性も、定住者の在留資格を認める要素になります。
④ 執行猶予付き有罪判決を受けたが、既に執行猶予期間が満了し、事件以降は、粗暴な振る舞いや違法な行為をしていないこと。
 現在の素行善良も1つの要素になると考えられます。
⑤ 家庭裁判所の家事調停(面会交流)で決められた内容を履行するには、日本に留まる必要があること。
 裁判内容の実行は、大きな要素になると考えました。
⑥ 在留資格が短期滞在(90日)へ変更になったとき、入管の担当者から、裁判が終わったら、定住者への変更が申請できると説明されたこと。

寸評
何が決定的な理由となって許可されたのか、一口で説明するのは難しいところがありますが、
私が検討した内容として、法務省の下記サイトにある
http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuukokukanri07_00057.html
「日本人の配偶者等」又は「永住者の配偶者等」から「定住者」への在留資格変更許可が認められた事例及び認められなかった事例について
のうち、
 2 「定住者」への在留資格変更許可が認められなかった事例
の1行目にある事案と本件は類似性があるため、十分に検討対象としました。
① (類似点) 申請人が男性であって、日本人の前妻があり、前配偶者との間に実子があって、かつ、その子を前妻が養育することになった点は、不許可事例も本件も同様です。
② (本邦在留期間) しかし、不許可事例では、本邦在留期間が4年10か月であるのに対し、本件では13年以上と格段に長くなっています。
③ (婚姻期間) また、不許可事例では、婚姻期間が3年とあるのに対し、本件では同居を伴った婚姻期間が7年近くあり、かつ、婚姻期間だけでいうと11年に及びます。
④ (面会交流調停の存在) 重要なのは、本件では、面会交流調停が成立していて、父子交流を続けるためには本邦への在留継続の必要性があると考えられる点です。
⑤ (前科の点) 更に、不許可事例では、消極要素として「詐欺及び傷害の罪により有罪判決」とある点が挙げられます。刑期は明記されていませんが、「詐欺及び傷害の罪」ですと、仮に執行猶予付き判決であっても、宣告された懲役刑は1年以上であったと推測できます。つまり、その場合は、長期上陸拒否事由(入管法第5条1項4号)に該当しますので、入管としては在留を認めがたかったでしょう。
 それに対して、本件では、宣告された懲役刑は月単位であって長期上陸拒否事由には該当しないし、また、執行猶予期間も満了していて、事件後は善良な社会生活を送っていたことも大きな要因であったと考えています。

2013.08.15

定住者の更新

~いわゆる連れ子定住者が就労しているケース~

(序) いわゆる連れ子定住者については、下記の定住者告示に規定があります。
http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyukan_hourei_h07-01-01.html
 定住者告示第6号(ニ)
 「日本人、永住者の在留資格をもって在留する者、特別永住者又は一年以上の在留期間を指定されている定住者の在留資格をもって在留する者の配偶者で日本人の配偶者等又は永住者の配偶者等の在留資格をもって在留するものの扶養を受けて生活するこれらの者の未成年で未婚の実子」
 わかりやすい例を挙げれば、日本人夫と外国人妻(日本人の配偶者等)の夫婦の、妻の実子がこれに当たります。この実子は、未成年で未婚であるほか、「扶養を受ける」という要件があります。
 「扶養を受ける」わけですから、扶養者である日本側の扶養能力(収入・資産)が問われることになります。同時に、未成年という条件ながら、年齢が高くなるほど、扶養を受けず自ら就労する可能性が増しますので、不利になります。実務上、本人の年齢が15歳か16歳を超えますと、許可される可能性がかなり低くなる傾向にあります。

1. 申請人Aは、1995年、香港人(国籍・イギリス)の父とタイ人の母Bの間に出生しました。

2. Bは、日本人の夫Cと婚姻して、日本人の配偶者等(3年)で在留しています。

3.① 2011年4月、Aは、短期滞在(90日)で来日し、同年7月、定住者への変更を申請しました(当職取次、東京入管本局)。
 変更申請の際には、身元保証人及び扶養者をCとしたうえ、CとBに関する就労・収入関係書類、本国では暮らして行けなくなった旨を記した理由書などを添付しています。
 このような申請の場合、Cに十分な扶養能力(収入)があれば問題ないのですが、CはBと出会って以来、2度にわたる大怪我を負い、低収入の状態でしたので、Bに関する収入についても提出し、理由書中でも上記のような状況を説明しています。
 入管からは、申請後、2回、追加書類の提出指示がありました。
 1回目「今後の日本語習得に関する具体的方策及び進路予定に関する説明書」
 2回目「Aが本国にいる間のABの母子交流に関する資料」
 特に、後者については、Bが日本人の配偶者等の在留資格を得た際に述べた陳述内容まで引用して説明を求めるなど、入管側もぎりぎりの判断をした旨が伺われました。
 ② 同年9月、定住者(1年)への変更を許可されました。

4. 2012年8月、Aは、定住者の更新(1年)を受けました(当職取次、東京入管本局)。

5. 2012年10月、Aは、就職しました。これは、Cが、Bと出会って3回目の大怪我をして働けなくなった点が大きな動機になっています。Aとしては、少しでも家計を助けなければならないという思いがあったのでしょう。
 また、Aは、来日後、全日制の学校へ通学していなかったことも、就職した理由になったように思えます。もっとも、これに関しては、全く日本語のわからない外国人が、初歩から日本語を学ぼうとするとき、地元自治体などが行っているボランティア日本語教室くらいしか学習の受入れ先がないことも、全日制の学校へ通っていなかった理由だと言えます。この辺も、入管への申請の際に、説明した範囲です。

6. 2013年7月、Aの更新申請を行いました(当職取次、東京入管宇都宮出張所)。
 ABCすべての在職、収入、納税関係書類と生活状況を記した理由書を添付しました。
 理由書には、Aの就職、Cの怪我と低収入なども記載しました。なお、申請書中では、Aの滞在費は、AとBの半々による負担であると記してあります。これは、CよりもBの収入額のほうが大きかったため、扶養者としてBを選択したこと。及び、Aが単独で生計を営むには所得証明書の数字が低すぎる(2012年の3か月分の収入しかない)ため、このような記載にしたわけです(それが入管的な発想であろうと判断しました)。

7. 入管の審査結果は、更新許可(3年)、と期間伸長されていました。
 変更1年、更新1年を経たのだから、更新3年は当然、と思われがちですが、Aはフルタイムで就労し、一人で生計を維持することも不可能ではないわけですから(その趣旨も入管には説明してあります)、前記の「扶養を受ける」の要件を外れることになります。このあたりは、入管の判断1つで、更新1年も、不許可も考えられなくはなかったということになります。
 因みに、連れ子定住者に関しては、成年に達しても、結婚しても、更新が許可される例は一般的に存在します。
 定住者のうち、「連れ子」は本当に不思議なカテゴリーだと思っています。
 私が常々口にする「親ビザ」「子ビザ」ですが、連れ子定住者は「子ビザ」がいつの間にか「親ビザ」になる在留資格です。
(~ 「親ビザ」「子ビザ」を語り始めると長くなりますので別稿に譲ります ~)

2013.03.15

定住者への変更許可案件(いわゆる離婚定住)

本稿では、日本人の配偶者等の在留資格で在留していて、離婚後に定住者の在留資格への変更を許可された事例等について掲載してみます。

1. 同一配偶者間で2回の婚姻離婚の経緯を経た事案

(1) 本件申請に至るまでの経緯 -1回目の結婚生活-
① 当事者は、外国人男性Aと日本人女性Bの夫婦です。夫Aと妻Bは、2006年2月に1回目の婚姻をしました。
② Aには、本国での仕事(自動車関係輸出入業)があり、結婚後もすぐには同居生活に入りませんでした。 
③ Aは、婚姻成立後の2006年3月と7月に短期滞在の資格で来日し、合計70日余りをBと共に暮らしました。
④ 短期滞在中に、AB間の長男Cが出生しています。
⑤ Aは、2007年1月には、日本人の配偶者等(3年)の在留資格で上陸を許可されています(在留期限2010年1月)。
⑥ AB夫婦の日本での居住地は、Bの実家であり、Bの両親との同居生活でした。AB夫婦はもともと仲は悪くなかったのですが、“しゅうと”との関係が、夫婦関係に亀裂を生んだようでした。
⑦ 2008年8月、ABは協議離婚をし、Aが別居する形で1回目の結婚生活に終焉を迎えました(1回目の婚姻期間は約2年半、同居期間は約1年半)。

(2) 本件申請に至るまでの経緯 -2回目の結婚生活-
① ABは、2009年12月に2回目の婚姻届を提出しました。
② 上記のとおり、“しゅうと”との関係が問題でしたので、Bも実家を出て、ABCだけで生活するようになりました。
③ 2010年1月には、在留期間(1年)に短縮されて更新許可されました。
④ 2010年10月には、二男Dが出生しました。
⑤ しかし、2011年11月には、「本国に軸足を置いた生活」=(Bの主張)、「両親の支配から抜けきれない生活」=(Aの主張)という意見の対立を生み、結果、CDの親権者をBと指定して、再び、協議離婚を届け出ました(2回目の婚姻期間及び2回目の婚姻中の同居期間は、共に約1年11ヶ月)。BCDは、Bの父母宅の隣家で生活を開始しました。
⑥ なお、在留期間更新に関しては、2011年11月の離婚直前に更新許可(1年)を得ていました。在留期限は2013年1月中旬でした(ここまで当職は一切取扱いなし)。

(3) 本件申請に至るまでの経緯 -離婚後の交流-
① 離婚しても、AB元夫婦とACDという父子は離れ離れになってしまったわけではありませんでした。
② Aが、BCDという元妻と子供たちに頻繁に会いに行き、ABCDの4人で公園や動物園で遊んだり、AがCDの幼稚園行事や誕生祝いに参加したり、AからBにプレゼントを渡したり、BがAにA本国での買い物(美容品等)を依頼したり、外面から見て4人で一家と受け取れる生活部分も存在し、それを裏付ける写真などもありました。
③ また、離婚の前後を通じて、AからBへ生活費や養育費の授受記録が残されていました。
④ ABが3度目の再縁をするのではないかと思わせる言動もありました。

(4) 申請方針
離婚が成立し、就労系在留資格への変更の可能性は、模索する余地がありませんでした。
Aが在留を希望する以上、定住者への変更許可申請を行う以外にありません。
しかし、2回の離婚と同居期間、子の親権を考慮すると、厳しい審査を予想せざるを得ませんでした。
そこで、許可へのアプローチの仕方として2つの可能性を模索しました。
① 日本人の実子を扶養する外国人親に定住者の在留資格を付与する旨の平成8年7月30日付け「定住通達」があります。当サイト内では下記に載せてあります。外国人親が子の親権者となり、日本において相当期間、子を現実に監護養育していることが要件になります(本件ではその要件がありません)。
http://www.yshimada.com/yybbsplus/yybbs.cgi?mode=new_html&no=9
そして、平成14年4月26日付け東京地裁判決(確定)は、定住通達を一歩踏み込んだ解釈をしたと評価されています。同判決にいうところでは、定住通達は、「子が安定した生活を営めるようにする」「幼い子と外国人親との関係が人道上十分な配慮を必要とする」ために外国人親に定住者の在留資格を付与するという趣旨である。だから、仮に外国人親に親権がなく現実に監護養育していなくても、定住告示や定住通達に定められた事由と同視すべきような特別の事情が認められるときは、定住者としての在留を認めるべきだ、と解釈できます。つまり、外国人親と子の間に深い交流があるときは、定住通達に該当する場合と同視すべきだという趣旨だと理解しました。
本件の場合、親権もなく手元で養育しているわけでもありませんが、平成14年判決の趣旨に近い親子の交流があったといえるのではないか、ということです。
② 日本人の配偶者等の在留資格で在留していて離婚したが、「実体を伴った婚姻生活が3年以上ある場合には、定住者の在留資格を付与する」との入管内規があるらしいという角度の高い情報がありました(その他、独立生計要件などの要件が必要です)。
この点、入管職員のマニュアルである入国在留審査要領を開示請求すると、黒塗りになって出てくる(非開示)箇所なのですが、実務の情報を収集すると「実体を伴った婚姻生活3年以上」で間違いないようです(最低ライン)。
③ 以上、定住通達を拡大解釈した平成14年判決に近い親子の交流がある点。2回の結婚期間を合計した年数。この2点を柱とし、それを裏付ける証拠を添付して、2013年1月上旬、定住者への在留資格変更許可申請をなしました(東京入管宇都宮出張所扱い、当職取次)。

(5) 追加書類の要求
申請後7週間を経過した2013年2月下旬になってから、追加書類の提出要求が来ました。
内容は、
1) 給与明細書(直近から3-4か月分)
2) 婚姻をしていた期間での同居をしていた日数の詳細
ということでした。
まず、1)に関しては、前妻Bや子CDとの生活の基盤が東京都内にあり、住民税課税証明書、同納税証明書の発行地も都内となっています。それに対して、申請時点でのAの住居地は茨城県であり、在職証明書も同様に茨城県の会社から発行されています。申請の段階で法務省所定の住民税課税証明書、同納税証明書は添付しましたが、在職証明書の所在地と納税証明書等の発行地に相違があることから、入管としては、在職証明書にあるとおり本当に茨城県内の会社で就労しているのかどうか、生計の安定性があるのかどうか、確認したかったのだろうと思います。これに関しては、給与明細書を8か月分ほど(つまり茨城県の会社に就職して以来、直近のものまで)と平成24年度源泉徴収票を提出しました。
次に、2)に関しては、結婚離婚を繰り返し、同居期間が明瞭ではないので、その点の詳細説明書を提出して欲しいというのが入管の指示でした(書面のほかに電話でも追加の指示を受けていました)。
よって、婚姻日、同居日、同居期間、別居日、離婚日を一覧にして提出しました。

(6) 審査結果
追加書類を提出して1週間経過する前に葉書を受領しました(指定の受領期間は特例期間の満了日になっていました)。
在留カードの受領に出向いたのはその数日後の2013年3月初旬です。
ここで、入国審査官から説明がありました(こういう細かい心配りが宇都宮出張所の良いところでもあります)。
・親権がないこと(マイナス要素)
・子供への送金を続けているなど、交流があることが認められること(プラス要素)。なお、今後とも、このような金銭的扶助、交流を継続してほしいとのご指導をいただきました。
・婚姻中で、かつ、同居していた期間を合計すると、何とか3年に達すること。
(この点は、入国在留審査要領の非開示箇所ですが、従前からの推測である「実体を伴った婚姻生活3年以上」を口頭で説明してくれたことになります)。
以上によって、ギリギリ何とか許可という結果になりました、との説明を受けました。
許可内容 定住者、在留期間1年。

(7) 若干の感想
本件に関しては、定住者への変更許可申請を行う以外に手立てがありませんでした。
そして、当初、口頭でこの相談を受けた段階では、ごく普通に、「日本人の配偶者等1年、更新1年、更新3年で、離婚した。実子はあるが親権はない。父子交流はある。」と推測し、そうであれば、婚姻期間は5年程度になるので、許可見込みがあるものと思って受任したわけです。
ところが、面談し、パスポートを点検して、上記のような2回の婚姻、離婚の繰り返しをした事案だと確認し、暗澹たる思いになったものです。
しかし、平成8年定住通達を類推・拡大解釈した平成14年判決を知っていましたから、金銭扶助を含めた父子交流に望みを掛けた申請でした。実際に、当職も、Aと面談約束をしながら、AがBCDの元へ飛んでいってしまったという場面に遭遇しました。
入管の判断は、上記のとおり、「金銭的扶助と父子交流」「前妻との婚姻中の同居期間3年以上」という、いわば“合わせ技”によって与えられた許可でした。
今後とも、申請人Aには、子CDに対する養育費扶助などの交流を継続するように良く伝え、事務完結となりました。

2. いわゆる離婚定住案件のうち比較的ノーマルな事案

(1) 本件申請に至るまでの経緯 –来日してからの履歴-
① 外国人女性Aは、1990年11月に短期滞在90日の在留資格で上陸し、そのまま不法残留、不法就労していました。主な就労先は、観光旅館でした。
② Aは、2002年9月、日本人男性Bと旅館業勤務の同僚として出会いました。Bの仕事は調理師でした。
③ 2005年1月、ABはBの住居にて同居を開始し、同年6月に婚姻届を提出しました。AB間には実子も連れ子もありません。
④ 2005年12月、Aは、在留特別許可により日本人の配偶者等(1年)の在留資格を付与されました。
⑤ Aは、在留特別許可の直後から、住居に近い場所にある旅館に仲居として勤務するようになりました。これは、夫Bが、過疎化する同地では調理師として雇用してもらえなくなり、慣れない土木関係の仕事に就いたものの収入が安定しなかったからです。しかし、Bの生活力の低さは改善されず、やがてAの収入で家計を支えてゆかざるを得なくなってゆきました。
⑥ 2011年9月、Aは、Bと別居し、勤務先の寮で生活するようになりました。別居時点での在留資格は、日本人の配偶者等(3年)でした。
⑦ AとBは、同居開始から別居まで6年半余、婚姻から別居まで6年3ヶ月ほど、在留特別許可から別居まで5年10ヶ月ほどになります。
⑧ 2011年12月、Aは、夫婦関係の修復もしくは別居継続を検討するとの理由で、日本人の配偶者等の更新許可(1年)を得ました。
⑨ 2012年7月下旬、AとBは、協議離婚届を提出するに至りました。
離婚時点での在留資格は、日本人の配偶者等(1年)でした。
ABの婚姻期間自体は7年余でした。

(2) 申請方針
① 本件も、就労系への在留資格変更は可能性がなく、定住者への変更許可を申請する以外に考えられませんでした。
② ごく一般的な書類のほか、理由書、親族概要を添付しています。
③ 理由書には、
・上記のような来日後の経緯と夫Bとの婚姻、別居、離婚のいきさつ
・来日後22年を経過し、また、本国には頼れる親族ないし知人友人や資産等がないこと(親族概要との関連性)
・本国での就労経験がなく日本以外での就労・自活が困難であること
・現在の勤務先や職種に慣れていて、相応の勤続年数と収入もあり、身元保証人は勤務先の女将であって、今後とも公私にわたって保証してくれること
概ね、上記のような趣旨を記載しました。
④ 以上のような申請方針をもって、2012年11月上旬、定住者への在留資格変更許可申請をなしました(東京入管本局扱い、当職取次)。

(3) 審査結果
申請後、入管からは特段の連絡はなく、この当時の標準処理期間である3週間程度で許可されました。
許可内容 定住者、在留期間1年。

(4) 若干の感想
前記の案件と比較して、子の監護や福祉に関する事情は存在しません。
いわゆる離婚定住が認められるための婚姻期間や同居期間に関する参考になれば幸甚です。

3. 婚姻継続中に定住者への在留資格変更が許可された事案

日本人夫Aと外国人妻Bの夫婦が、4年間別居し、なお、1年以上前から夫婦関係調整調停事件(いわゆる離婚調停)が係属しています。まだ、離婚は成立していません。
Bは、2012年12月中旬、日本人の配偶者等(1年)の在留資格から定住者への在留資格許可申請をなしたところ、申請後、約2週間で許可されました(東京入管宇都宮出張所扱い、当職取次)。
許可内容 定住者、在留期間6月
(現時点での詳述は避けます。形骸的な婚姻継続中でも、定住者への変更許可はありうるという程度の記事に留めることにします。)

2012.02.07

定住者の配偶者である定住者の再婚による更新許可

序. 定住者告示により、定住者の配偶者には、定住者の在留資格該当性があります。
1. 本件の夫(A)は不法残留していたところ、元々、定住者の在留資格を認められていた妻(B)と婚姻して、入管に出頭し、2010年12月、在留特別許可を得て、定住者の配偶者として定住者の在留資格を付与されたものです(なお、ABともに、日本式の婚姻・離婚を認められているタイ国籍者です)。
2. ところが、2011年8月、AB夫婦は詰まらない喧嘩をして、茨城県C市役所に協議離婚届を提出しました。AB揃って市役所に出頭したそうで、協議離婚届の無効を検討する余地はありませんでした。一方で、離婚届に関係なく、ABはC市内にて同居生活を続けていました。
3. 在留期限が2週間ほどに迫ったころ、ABは慌てて在東京大使館に赴きましたが、「日本の市役所発行の離婚届受理証明書に外務省認証を受ける。タイ国の離婚証明書、改姓証明書、独身証明書、改姓後の住居登録の取得。改姓後のパスポート申請。婚姻要件具備証明書の取得」といった、ごく当たり前の手順を踏むよう、勧められたそうです。これですと、短く見積もっても3ヶ月程度を要する手続になります。
とても、在留期限には間に合いません。
4. こういう場合には、通達があります。
つまり、日本式婚姻→本国側婚姻報告→日本式離婚の順で手続を行った場合、同一配偶者間で日本式に再婚をする際には、独身証明書に代えて本国の婚姻証明書を添付すれば足りる、ということです。
この事案の場合は、本国から、夫婦となる両名につき、婚姻証明書のほかに、住居登録と出生証明書を取り寄せています。
同一配偶者間での再婚での事例としては、下記が類似記事です。
http://office.yshimada.com/?p=166
5. 本件では、在留期限の前日に本国書類が到着しましたので、C市役所へ本国婚姻証明書などの添付書類と共に婚姻届を提出し、法務局の確認を得た上で、婚姻届受理となりました。
入管へは、婚姻届受理証明書、質問書などを添付の上、在留期間更新許可申請をなし、予定どおりの期間内で更新許可されています。
6. もし、仮に婚姻届が在留期限に間に合わない場合、どういう対処をしたら良いか?
これを、一般的な離婚後の再婚事例と仮定したときに、考え方として、下記の3つが想定されました。
①在留期限日までに、いったん短期滞在に変更許可申請する。
②更新申請を出しておいて、日本の婚姻証明書を追完する。
③出国準備以外にない。
実は、以前に同様の問題がさるネット掲示板で論争になり、私は③を主張したが、①の支持者が多く、言い負けた感じでした。
今般、申請前に、東京入管永住審査部門に婚姻届が間に合わなかったと仮定して、対処法を問い合わせてみました(なお、入管の対応は、再婚配偶者が同一でも別人でも同じです)。
同部門の回答は③で、それも、出国準備期間1ヶ月とし、その期間内のチケットと出国する旨の誓約書を提出すること。取次は可能とのことでした。なお、婚姻成立後に出国準備から配偶者資格への再変更は検討する余地がある、との付言はありました。

2011.10.24

出生による在留資格の取得

(序)
日本において外国人の両親から実子が生まれた場合、その実子(出生児)がそのまま日本に在留しようとすれば、出生後30日以内に、入管に対して出生による在留資格の取得許可申請を行わなければなりません。
(永住者の実子が日本で誕生し、出生による永住許可申請をなす場合については本稿では触れません)

出生による在留資格の取得許可申請について、法務省のホームページでは以下のとおり説明されています。
http://www.moj.go.jp/ONLINE/IMMIGRATION/16-10.html

(若干特殊な事例)
1 本事例の家族構成は、永住者A、その実子である定住者Bの2人暮らしです。
就労しているのはAのみで、BはAの扶養を受けています。
そこに、Bの実子として出生児Dが誕生したわけです。
 ※A=出生児Dの祖母
 ※B=出生児Dの母、未婚、16歳。「定住者告示6号イ」に該当。

2 出生児Dの母Bは、昨年秋の一時帰国の折、来日前に交際していた男性Cと再会して妊娠するに至りました。
Cには、来日歴がありませんし、在留資格もありません。
本事案は、出生児Dの在留資格取得案件です。
出生児Dは、定住者である母Bの未成年未婚の実子ですが、Bは無職であり、「定住者の扶養を受けて生活するもの」ではないので「定住者告示6号ロ」に類似するものの、これに該当しないと思われます。
出生児Dを永住者Aの養子にする方法を除くと、厳密にはDは定住者告示に該当しないことになります。

3 本事案については、申請前に、申請書と質問書の記載方法について、東京入管永住審査部門の意向を聞いてみました。
その回答として、
在留資格取得許可申請書
http://www.moj.go.jp/content/000049215.pdf   及び
質問書
http://www.yshimada.com/images/shutokushitsumon.pdf
のうち、
・15欄の身元保証人=永住者祖母Aを記載する。
・16欄の法定代理人=16歳の母Bを記載する。
・質問書の署名者欄=同上
・質問書の「申請人の父」=出生児の血縁上の父Cにつき、わかる範囲で記載する。公文書によらずとも良く、出生届記載事項証明書の父欄が空欄でも可能限り記載すべきだ、とのことでした。
また、当職の判断で、質問書別紙として、いつどこでどういう経緯で妊娠したのか記載した書面を提出することにしました。
なお、審査結果の見込みとしては、「未成年未婚の実子でやるようです」との言い方で、つまり、定住者告示6号ロを準用し、出生児Dに定住者を付与する予定であるとのことでした。

その他の添付書類は、出生児Dの出生届記載事項証明書(父欄は空欄)と外国人登録証明書となります。当職としては、念のため、母Bと身元保証人である祖母Aの登録原票記載事項証明書を添付しました。
なお、在職証明書や収入・納税関係書類は、本事案では添付せず、追加要求もされませんでした。
在留資格取得許可申請書中、14欄で母Bの「勤務先・通学先」を記載することになりますが、仮にBが無職でも、厳密にはBがDを扶養するのかどうか記載する欄は存在しないことになります。

4 証印の受領
本件では申請後1週間で葉書が届き、2週間以内の証印受領を指示してきました。
収入印紙は不要です。
証印受領時には、葉書、申請受理票を提出するほか、旅券(パスポート)をどうするか、ということになります。
出生児Dが旅券(パスポート)を所持していれば、これを提示して証印を受けることになりますが、Dの国籍の属する国の在日大使館の処理方法によっては、『出生後30日以内に許可申請をなし、申請後2,3週間で証印受領する』とすれば、まだ旅券を受領できていない場合も多々あります。
この点につき、証印受領の段階で旅券が未取得である旨の理由書を提出することになります。本事案では、行政書士名義の理由書で足りました。
予定どおり、定住者の証印ある在留資格証明書の発行を受けてきました。

2011.03.25

最近の在留特別許可(1)

◇ 1つの家族に2回目の摘発 ◇ 
これは、1つの家族に2回の在留特別許可があった事案です。
タイ国籍女性Bには、3人の夫がいました。
夫1 タイ国籍で日本に不法滞在していました。下記CとDの実父で、摘発されて退去強制処分を受けました。
夫2 日本国籍で、下記Eの実父です。
夫3 現在の夫でタイ国籍Aです。

このコラムは、Aの在留特別許可に関するレポートですが、その前に、B・C・Dに関する在留特別許可がありました。
Bは夫1との間にC・Dを儲けましたが、夫1・B・C・Dはいずれも不法滞在者でした。夫1が退去強制となったとき、B・C・Dは摘発を免れたようです。
その後、Bが夫2と婚姻し、在留特別許可を求めて出頭しました。
その審査中に、Bと夫2の間の実子E(日本国籍)が出生しました。
ところが、入管の決裁を待たずに、夫2が死去しました。
その後、B・C・Dに、定住者1年の在留特別許可が下りています。
この場合、Bは「日本人の実子を扶養する外国人親」に対して定住者の在留資格を付与するという平成8年7月30日通達によって、Eを扶養する者として、在留特別許可にて定住者の在留資格を与えられたものと思われます。
C・Dは、定住者Bの扶養を受けて生活する未成年で未婚の実子という定住者告示に該当することになります。

夫2の死後、09年8月に、Bと夫3(A)の婚姻が成立しました。
Aは1993年に短期滞在で上陸した不法残留者でした。在京タイ王国大使館の運用で、パスポートも婚姻要件具備証明書も発給される立場ですので、その両方が用意できました。外国人登録証明書も所持していました。
不法滞在者Aは、定住者1年であるBの夫となったわけです。夫婦間の実子はありません。この条件で在留特別許可が下りる可能性があるのかどうか、疑問視する人も多いでしょうが、当職には経験からして可能性は十分あると思っていました。
婚姻が成立したので、早速にも在留特別許可を求めて出頭したいところでした。
しかし、Aは日本語が極度に下手なので、出頭をためらっていました。長期不法残留者の中には、ほとんど日本語を使わず、同国籍者同士の会話で仕事も私生活も成り立つ人たちがいるものなのです。
そうこうするうち、2010年2月に、外国人登録してある自宅で摘発・収容されました。入国警備官は、ここにAが居住していることを知っていて摘発に来たのは間違いないところです。
収容中、妻であるBとBの末子のEで何回か面会に行き、適宜、書面を作成して提出しました。また、Bに対する5時間掛かりのインタビューが調査第1部門で行われました。
収容後、4週間経過した同年3月に、職権仮放免がなされました。
およそ2008年までの収容案件ならば、収容後4週間から8週間(要するに法定の60日以内)で、在留特別許可を与えられるか、退去強制令書を発布されるか、どちらかだったものが、2010年には速やかに在留特別許可を付与しない方針になったためか、仮放免に留めたものと思われます。
その後、5月、8月、11月に出頭確認に出向いています。
実は、11月初旬の出頭確認日の直前に特別審理官からB宛てに何度も電話があったそうなのですが、就労中で電話に出られなかったと言います。電話に出ていれば、11月初旬の出頭確認の日かその前に、在留特別許可を付与された可能性がありました。
そして、11月初旬の出頭確認を終えると、審判部門の簡単なインタビューがあり、翌週の口頭審理の日時と持参書類を指定され、審判部門への出頭を求められました。
当日、審判部門へ必要書類を提出し、同部門の待合室で待つよう指示されました。
なお、当職は5月、8月、11月の出頭確認の席、並びに5月、11月の審判部門のインタビューにも同席を許されています。A・Bのどちらも、入管の指示内容を理解できず、また、当事者の発言内容が正確に入管側に伝わっていないことがわかり、同席しなければ審査は無理だったと言えます(例1として、入管の言う一時旅行許可の意味が理解できない。ディズニーランドへ行く?それは何ですか?という当事者の反応。例2として、当事者がC・Dの実父が帰国したと発言したはずなのに、入管はC・Dが帰国したと聞き取ったのでそれを訂正した場面など)。A・Bだけでは、口頭審理の日に持参する書類さえ理解できず、当職が同席することは、当事者のみならず入管側にも効果が絶大だったと言えます。外国語通訳というよりも、外国人の話す日本語のヒヤリング、平易な日本語に言い換えるテクニックということです。
口頭審理は、いわば集団処理ですので、同行したものの同席していませんでした。そうしたところ、特別審理官が「この人の関係者いませんか?意味がわかったでしょうか?」というのです。私が手を挙げ、「担当している行政書士です」と告げると、特別審理官も安心したようで、「本人がわかっているかどうか疑問ですが、次は午後2時からです。それまでにここで待たせるようお願いします。」という指示でした。
予定どおり、午後2時からパスポートの返却を受け、在留特別許可の証印を確認して帰路に着きました。

Aは、2月の収容から11月の在留特別許可まで9ヶ月と、現時点での在宅事件に比較して短期間の処理であったと言えます。しかし、上記のように収容案件は従前60日以内に処理される例が多かったことから、それよりはずっと長く慎重な審査であったと言えます。
現時点での在宅事件は、出頭後1年6ヶ月や1年9ヶ月を要するのはごく普通で、数ヶ月単位で処理されるのは、異例のようです。
入管の処理を待つのは辛いでしょう。待ちきれずに婚姻破綻する例も散見されます。現時点での在留特別許可案件は我慢が肝要です。
そして、収容・在宅どちらの形でも、自宅調査を行うこともあるようです。
(旧サイトの記載を転載)