Home > 上陸特別許可

2016.02.03

婚姻に至る経緯書

過去に申請した在留資格認定証明書交付申請(上陸拒否事由該当につき、上陸特別許可案件を含む)において、質問書第2ページの罫線部分に相当する「婚姻に至る経緯書」の参考記載例を掲載します。
それぞれ原文を伏字等の措置をして、プライバシーの保護をしています。
一般に公開することによって、各位のご参考になれば幸甚です。
婚姻経緯書例1-中国人ー事案内容を見る
婚姻経緯書例2-中国人ー事案内容を見る
婚姻経緯書例3ータイ人ー
婚姻経緯書例4ータイ人ー事案内容を見る
婚姻経緯書例5-インドネシア人ー事案内容を見る

2013.03.29

上陸特別許可案件(12)

上陸特別許可の在留資格認定証明書の例

事案の概要
1) 申請人は、インドネシア国籍の男性Aです。
2) Aは、2005年9月、名古屋博覧会のメンバーとして特定活動6月の在留資格で上陸を許可されましたが、最初から不法残留をして就労するつもりだったようです。
3) 同年12月、後に妻となる日本人女性Bと職場の同僚として出会い、交際を開始しました。交際開始後1年を経過したころから、ABは同居生活を送るようになりました。
4) Bには戸籍上の夫がいましたが、婚姻関係は破綻していました。Bと前夫の間には3児があり、3児の親権者を前夫と指定して、2008年3月に協議離婚が成立しました。ただし、その後も、Bと3児、また、Aと3児の間にも交流がありました。
5) 2008年6月、Aは不法滞在の容疑で警察の摘発を受け、入管に収容されました。Bは、Aの仮放免申請や在留特別許可を求めるなど努力しましたが、待婚期間中でもあり、Bは同年9月に退去強制処分となりました。このとき、入管職員から「上陸拒否5年に該当する、5年間は絶対日本に入れない」と説明され、ABはそれをまともに信じてしまったようです。
6) そこで、Bは、Aの祖国であるインドネシアで暮らす決意を固め、住民票もインドネシアへ転出の届出を提出して、ABによるインドネシアでの生活がスタートしました。
7) 同月(2008年9月)、待婚期間が終わると同時にABはインドネシア式の婚姻を成立させ、翌月には在インドネシア大使館に日本側婚姻報告を提出しています。
8) Bが日本に一時帰国することもありましたが、ABは、婚姻後4年ほどの期間のほとんどをインドネシアで暮らしました。その間、2010年1月には、AB間の長女Cが出生しています。Cは出生によりインドネシア国籍のほか日本国籍も留保しています。
9) Bは、2012年11月、単身で日本に戻り、ABCの3人で日本での生活を再開すべく、準備を開始しました。
10) 当職は、この直後に、Bから依頼を受け、Aの来日許可(上陸特別許可)に向けて事務を開始しました。AB間に実子があること、退去強制後4年を経過していること、退去強制後の期間のほとんどをAB夫婦が同居して暮らしてきたこと、退去強制前にも同居歴があることなど、有利な条件が多く、上陸特別許可案件としては、もっとも平易な部類に入ると思われました。
11) しかし、ネックになるのはBには4年以上も日本の住民票がなく、よって、所得申告もできず、住民税課税証明書や納税証明書を添付することはできません。Bは来日直後からアルバイト的な仕事を開始していたので、在職証明書と給与明細1ヶ月分は添付できる見込みでしたが、ABC揃っての日本での生計に安定性を持たせる方法を考慮しなければなりませんでした。
12) こういった場合の解決法として、以下の3つの方法を考えました。
① Bの預金残高証明書(一家3人なら300万円程度以上が適切)を添付する方法。
② Bの両親などに身元保証人になってもらい、その身元保証人の所得証明書等を添付する方法。
③ Aが来日後に就労するものとして、Aの雇用見込み証明書を添付する方法。
検討の結果、Bの財産状況や親族状況からして①と②は諦めざるをえませんでした(過去において、①②の手法とも在留資格認定(上陸特別許可)を得た経験がありました)。
残る③の方法ですが、これはかなり危険な手法でもありますので、できれば避けたいところです。当然ではありますが、「婚姻したから来日するのではなく就労が目的で来日するのではないか」と入管当局に疑念を掛けられる可能性があるからです(要するに偽装性の疑い)。これに関しては、過去に入国審査官との対話の中で「よほど婚姻信憑性が高い」場合には取りうる手段であることを知っていました。本件が、「よほど婚姻信憑性が高い」事案であることは上記10)のとおりですので、この方法を用いることにしました。
13) 2013年1月下旬、当職取次にて名古屋入国管理局へ在留資格認定証明書交付申請書を提出しました。
同年3月下旬、在留資格認定証明書が交付されました。
在留資格「日本人の配偶者等」、在留期間「1年」。
認定証明書の右肩上には、「5-1-9(ロ)」と朱書きされています。これは、入管法5条1項9号ロ、つまり、5年間の上陸拒否に該当しているということ。そして、上陸拒否期間中でありながら(上陸特別許可を前提とした)在留資格認定証明書であることを意味します。旧法下では「7-1-4」と記載されていたのと同じ趣旨です。
14) AB夫婦が上記5)のとおり、「入管職員に5年間は絶対に来日できない」と言われたことをそのまま信じてしまい、適切な相談相手がなかったことが、Aの来日を大きく遅らせる結果となってしまいました。入管職員の不適切発言など残念な要素のある事案でしたが、インドネシアにおけるAB夫婦とC児の幸福そうな生活ぶりを垣間見ることができ、救われた気持ちにもなる事案でした。
今後の日本での生活により一層の幸福が待っていることを祈念してやみません。

2013.03.15

定住者への変更許可案件(いわゆる離婚定住)

本稿では、日本人の配偶者等の在留資格で在留していて、離婚後に定住者の在留資格への変更を許可された事例等について掲載してみます。

1. 同一配偶者間で2回の婚姻離婚の経緯を経た事案

(1) 本件申請に至るまでの経緯 -1回目の結婚生活-
① 当事者は、外国人男性Aと日本人女性Bの夫婦です。夫Aと妻Bは、2006年2月に1回目の婚姻をしました。
② Aには、本国での仕事(自動車関係輸出入業)があり、結婚後もすぐには同居生活に入りませんでした。 
③ Aは、婚姻成立後の2006年3月と7月に短期滞在の資格で来日し、合計70日余りをBと共に暮らしました。
④ 短期滞在中に、AB間の長男Cが出生しています。
⑤ Aは、2007年1月には、日本人の配偶者等(3年)の在留資格で上陸を許可されています(在留期限2010年1月)。
⑥ AB夫婦の日本での居住地は、Bの実家であり、Bの両親との同居生活でした。AB夫婦はもともと仲は悪くなかったのですが、“しゅうと”との関係が、夫婦関係に亀裂を生んだようでした。
⑦ 2008年8月、ABは協議離婚をし、Aが別居する形で1回目の結婚生活に終焉を迎えました(1回目の婚姻期間は約2年半、同居期間は約1年半)。

(2) 本件申請に至るまでの経緯 -2回目の結婚生活-
① ABは、2009年12月に2回目の婚姻届を提出しました。
② 上記のとおり、“しゅうと”との関係が問題でしたので、Bも実家を出て、ABCだけで生活するようになりました。
③ 2010年1月には、在留期間(1年)に短縮されて更新許可されました。
④ 2010年10月には、二男Dが出生しました。
⑤ しかし、2011年11月には、「本国に軸足を置いた生活」=(Bの主張)、「両親の支配から抜けきれない生活」=(Aの主張)という意見の対立を生み、結果、CDの親権者をBと指定して、再び、協議離婚を届け出ました(2回目の婚姻期間及び2回目の婚姻中の同居期間は、共に約1年11ヶ月)。BCDは、Bの父母宅の隣家で生活を開始しました。
⑥ なお、在留期間更新に関しては、2011年11月の離婚直前に更新許可(1年)を得ていました。在留期限は2013年1月中旬でした(ここまで当職は一切取扱いなし)。

(3) 本件申請に至るまでの経緯 -離婚後の交流-
① 離婚しても、AB元夫婦とACDという父子は離れ離れになってしまったわけではありませんでした。
② Aが、BCDという元妻と子供たちに頻繁に会いに行き、ABCDの4人で公園や動物園で遊んだり、AがCDの幼稚園行事や誕生祝いに参加したり、AからBにプレゼントを渡したり、BがAにA本国での買い物(美容品等)を依頼したり、外面から見て4人で一家と受け取れる生活部分も存在し、それを裏付ける写真などもありました。
③ また、離婚の前後を通じて、AからBへ生活費や養育費の授受記録が残されていました。
④ ABが3度目の再縁をするのではないかと思わせる言動もありました。

(4) 申請方針
離婚が成立し、就労系在留資格への変更の可能性は、模索する余地がありませんでした。
Aが在留を希望する以上、定住者への変更許可申請を行う以外にありません。
しかし、2回の離婚と同居期間、子の親権を考慮すると、厳しい審査を予想せざるを得ませんでした。
そこで、許可へのアプローチの仕方として2つの可能性を模索しました。
① 日本人の実子を扶養する外国人親に定住者の在留資格を付与する旨の平成8年7月30日付け「定住通達」があります。当サイト内では下記に載せてあります。外国人親が子の親権者となり、日本において相当期間、子を現実に監護養育していることが要件になります(本件ではその要件がありません)。
http://www.yshimada.com/yybbsplus/yybbs.cgi?mode=new_html&no=9
そして、平成14年4月26日付け東京地裁判決(確定)は、定住通達を一歩踏み込んだ解釈をしたと評価されています。同判決にいうところでは、定住通達は、「子が安定した生活を営めるようにする」「幼い子と外国人親との関係が人道上十分な配慮を必要とする」ために外国人親に定住者の在留資格を付与するという趣旨である。だから、仮に外国人親に親権がなく現実に監護養育していなくても、定住告示や定住通達に定められた事由と同視すべきような特別の事情が認められるときは、定住者としての在留を認めるべきだ、と解釈できます。つまり、外国人親と子の間に深い交流があるときは、定住通達に該当する場合と同視すべきだという趣旨だと理解しました。
本件の場合、親権もなく手元で養育しているわけでもありませんが、平成14年判決の趣旨に近い親子の交流があったといえるのではないか、ということです。
② 日本人の配偶者等の在留資格で在留していて離婚したが、「実体を伴った婚姻生活が3年以上ある場合には、定住者の在留資格を付与する」との入管内規があるらしいという角度の高い情報がありました(その他、独立生計要件などの要件が必要です)。
この点、入管職員のマニュアルである入国在留審査要領を開示請求すると、黒塗りになって出てくる(非開示)箇所なのですが、実務の情報を収集すると「実体を伴った婚姻生活3年以上」で間違いないようです(最低ライン)。
③ 以上、定住通達を拡大解釈した平成14年判決に近い親子の交流がある点。2回の結婚期間を合計した年数。この2点を柱とし、それを裏付ける証拠を添付して、2013年1月上旬、定住者への在留資格変更許可申請をなしました(東京入管宇都宮出張所扱い、当職取次)。

(5) 追加書類の要求
申請後7週間を経過した2013年2月下旬になってから、追加書類の提出要求が来ました。
内容は、
1) 給与明細書(直近から3-4か月分)
2) 婚姻をしていた期間での同居をしていた日数の詳細
ということでした。
まず、1)に関しては、前妻Bや子CDとの生活の基盤が東京都内にあり、住民税課税証明書、同納税証明書の発行地も都内となっています。それに対して、申請時点でのAの住居地は茨城県であり、在職証明書も同様に茨城県の会社から発行されています。申請の段階で法務省所定の住民税課税証明書、同納税証明書は添付しましたが、在職証明書の所在地と納税証明書等の発行地に相違があることから、入管としては、在職証明書にあるとおり本当に茨城県内の会社で就労しているのかどうか、生計の安定性があるのかどうか、確認したかったのだろうと思います。これに関しては、給与明細書を8か月分ほど(つまり茨城県の会社に就職して以来、直近のものまで)と平成24年度源泉徴収票を提出しました。
次に、2)に関しては、結婚離婚を繰り返し、同居期間が明瞭ではないので、その点の詳細説明書を提出して欲しいというのが入管の指示でした(書面のほかに電話でも追加の指示を受けていました)。
よって、婚姻日、同居日、同居期間、別居日、離婚日を一覧にして提出しました。

(6) 審査結果
追加書類を提出して1週間経過する前に葉書を受領しました(指定の受領期間は特例期間の満了日になっていました)。
在留カードの受領に出向いたのはその数日後の2013年3月初旬です。
ここで、入国審査官から説明がありました(こういう細かい心配りが宇都宮出張所の良いところでもあります)。
・親権がないこと(マイナス要素)
・子供への送金を続けているなど、交流があることが認められること(プラス要素)。なお、今後とも、このような金銭的扶助、交流を継続してほしいとのご指導をいただきました。
・婚姻中で、かつ、同居していた期間を合計すると、何とか3年に達すること。
(この点は、入国在留審査要領の非開示箇所ですが、従前からの推測である「実体を伴った婚姻生活3年以上」を口頭で説明してくれたことになります)。
以上によって、ギリギリ何とか許可という結果になりました、との説明を受けました。
許可内容 定住者、在留期間1年。

(7) 若干の感想
本件に関しては、定住者への変更許可申請を行う以外に手立てがありませんでした。
そして、当初、口頭でこの相談を受けた段階では、ごく普通に、「日本人の配偶者等1年、更新1年、更新3年で、離婚した。実子はあるが親権はない。父子交流はある。」と推測し、そうであれば、婚姻期間は5年程度になるので、許可見込みがあるものと思って受任したわけです。
ところが、面談し、パスポートを点検して、上記のような2回の婚姻、離婚の繰り返しをした事案だと確認し、暗澹たる思いになったものです。
しかし、平成8年定住通達を類推・拡大解釈した平成14年判決を知っていましたから、金銭扶助を含めた父子交流に望みを掛けた申請でした。実際に、当職も、Aと面談約束をしながら、AがBCDの元へ飛んでいってしまったという場面に遭遇しました。
入管の判断は、上記のとおり、「金銭的扶助と父子交流」「前妻との婚姻中の同居期間3年以上」という、いわば“合わせ技”によって与えられた許可でした。
今後とも、申請人Aには、子CDに対する養育費扶助などの交流を継続するように良く伝え、事務完結となりました。

2. いわゆる離婚定住案件のうち比較的ノーマルな事案

(1) 本件申請に至るまでの経緯 –来日してからの履歴-
① 外国人女性Aは、1990年11月に短期滞在90日の在留資格で上陸し、そのまま不法残留、不法就労していました。主な就労先は、観光旅館でした。
② Aは、2002年9月、日本人男性Bと旅館業勤務の同僚として出会いました。Bの仕事は調理師でした。
③ 2005年1月、ABはBの住居にて同居を開始し、同年6月に婚姻届を提出しました。AB間には実子も連れ子もありません。
④ 2005年12月、Aは、在留特別許可により日本人の配偶者等(1年)の在留資格を付与されました。
⑤ Aは、在留特別許可の直後から、住居に近い場所にある旅館に仲居として勤務するようになりました。これは、夫Bが、過疎化する同地では調理師として雇用してもらえなくなり、慣れない土木関係の仕事に就いたものの収入が安定しなかったからです。しかし、Bの生活力の低さは改善されず、やがてAの収入で家計を支えてゆかざるを得なくなってゆきました。
⑥ 2011年9月、Aは、Bと別居し、勤務先の寮で生活するようになりました。別居時点での在留資格は、日本人の配偶者等(3年)でした。
⑦ AとBは、同居開始から別居まで6年半余、婚姻から別居まで6年3ヶ月ほど、在留特別許可から別居まで5年10ヶ月ほどになります。
⑧ 2011年12月、Aは、夫婦関係の修復もしくは別居継続を検討するとの理由で、日本人の配偶者等の更新許可(1年)を得ました。
⑨ 2012年7月下旬、AとBは、協議離婚届を提出するに至りました。
離婚時点での在留資格は、日本人の配偶者等(1年)でした。
ABの婚姻期間自体は7年余でした。

(2) 申請方針
① 本件も、就労系への在留資格変更は可能性がなく、定住者への変更許可を申請する以外に考えられませんでした。
② ごく一般的な書類のほか、理由書、親族概要を添付しています。
③ 理由書には、
・上記のような来日後の経緯と夫Bとの婚姻、別居、離婚のいきさつ
・来日後22年を経過し、また、本国には頼れる親族ないし知人友人や資産等がないこと(親族概要との関連性)
・本国での就労経験がなく日本以外での就労・自活が困難であること
・現在の勤務先や職種に慣れていて、相応の勤続年数と収入もあり、身元保証人は勤務先の女将であって、今後とも公私にわたって保証してくれること
概ね、上記のような趣旨を記載しました。
④ 以上のような申請方針をもって、2012年11月上旬、定住者への在留資格変更許可申請をなしました(東京入管本局扱い、当職取次)。

(3) 審査結果
申請後、入管からは特段の連絡はなく、この当時の標準処理期間である3週間程度で許可されました。
許可内容 定住者、在留期間1年。

(4) 若干の感想
前記の案件と比較して、子の監護や福祉に関する事情は存在しません。
いわゆる離婚定住が認められるための婚姻期間や同居期間に関する参考になれば幸甚です。

3. 婚姻継続中に定住者への在留資格変更が許可された事案

日本人夫Aと外国人妻Bの夫婦が、4年間別居し、なお、1年以上前から夫婦関係調整調停事件(いわゆる離婚調停)が係属しています。まだ、離婚は成立していません。
Bは、2012年12月中旬、日本人の配偶者等(1年)の在留資格から定住者への在留資格許可申請をなしたところ、申請後、約2週間で許可されました(東京入管宇都宮出張所扱い、当職取次)。
許可内容 定住者、在留期間6月
(現時点での詳述は避けます。形骸的な婚姻継続中でも、定住者への変更許可はありうるという程度の記事に留めることにします。)

2013.02.02

改正法施行後の永住許可事例

近時、永住許可がかなり厳しくなっているという声を耳にすることがあります。
本稿では、2012年7月9日の法改正後に永住許可された事例を掲げてみます。たまたまですが、本日ご紹介する申請人はすべて男性ということになりました。

1 上陸特別許可による永住者の配偶者等からの永住許可
① 来日後の履歴
2008年7月、上陸特別許可(上陸拒否期間中の上陸許可。当職取次)を得て上陸し、永住者の配偶者等(1年)を付与されました。
永住者である妻及び妻の第三子(小学生)と同居生活を送り、更新1年(2009年)、更新3年(2010年)を許可されました。
② 申請時期と添付書類
2011年11月、東京本局へ永住許可の申請をしました(当職取次)。
上陸から3年、婚姻後4年経過の時点での申請ということになります。
法務省がアナウンスしている添付書類のほか、住居報告、親族概要、スナップ写真、理由書を添付しました。理由書の内容は主に「永住許可を得て政府系金融から融資を受け、自宅を購入したい」との趣旨です。
③ 追加書類等
入管からは、追加の書類提出などは求められませんでした。目立つ形での自宅調査も電話照会もありませんでした。
ただし、震災の影響で空き家になった半壊家屋の無償譲渡を受け(自己補修して居住)、土地は賃借する形で転居したので、その居住関係報告と、相変わらず政府系金融からの融資を受けて土地建物を自己名義にしたい趣旨は入管に報告しました。 
④ 許可の受領
2012年7月下旬に葉書を受領し、8月上旬に在留カードを受領しました。
⑤ 寸評
夫婦共働きであり、世帯の所得額、住民税の課税・納税も問題ありませんでした。
この案件を見る限り、法改正前と全く変わりがないという印象を受けました。

2 在留特別許可による永住者の配偶者等からの永住許可
① 来日後の履歴
不法残留後、永住者である妻と婚姻し、2007年2月、在留特別許可を得、永住者の配偶者等(1年)を付与されました。
永住者である妻と同居生活を送り、更新1年(2008年)、更新3年(2009年)を許可されました。
② 申請時期と添付書類
2012年1月、東京本局へ、更新3年と永住許可の同時申請をしました(当職取次)。
在留特別許可から5年、婚姻後6年弱の時点での申請ということになります。
(更新はこの当時の基準どおり4週間程度で許可証印を得ました。)
法務省がアナウンスしている添付書類のほか、住居報告、親族概要を添付しました。スナップ写真や理由書は添付していません。在留特別許可から5年も経過しているので、細かい説明は不要と考えたためです。
ただし、この永住者妻は視覚障害者で無職無収入のため、第三者の身元保証人と所得証明書を添付しました。
③ 追加書類等
入管からは、2回に渡って追加の書類提出を求められました。
ⅰ)申請人に掛かる過去2ヵ年分、申請後1ヵ年分の市県民税課税・納税証明書
ⅱ)妻に掛かる直近1ヵ年分の市県民税課税・納税証明書
まず、ⅰ)に関してですが、申請書には法務省のアナウンスどおり、申請時点での直近1ヵ年分の市県民税課税・納税証明書を添付したのですが、その前年・前々年分と、時間経過により提出することが可能になった申請後の市県民税課税・納税証明書を追加要求されたわけです。
これは、他からも報告があるように、近年、所得申告や納税義務の履行を厳密に調査するようになった結果と言えます。
ⅱ)に関しては、ⅰ)のうち申請後1ヵ年分の市県民税課税証明書に「被扶養配偶者 無」となっているところに、入管が目をつけたことによるものです。申請人は、勤務先会社に「被扶養配偶者 有」と報告していたのに、会社がそれを無視し、「被扶養配偶者 無」との源泉徴収を行った結果によるものです。妻に関しては市県民税非課税証明書を提出、申請人については確定申告をやり直したうえ「被扶養配偶者 有」と変更された後の市県民税課税・納税証明書を追加提出しています。
④ 許可の受領
2012年9月中旬に葉書を受領し、同月中に在留カードを受領しました。
⑤ 寸評
申請時点から見て直近年度の市県民税課税・納税証明書を添付したうえ、追加資料として申請時点から見て過去2ヵ年分、申請時点から見て次年度1ヵ年度分、つまり、4ヵ年分の課税・納税証明書に意を払わなければならなくなったことを意味します。

3 上陸特別許可による日本人の配偶者等からの永住許可
① 来日後の履歴
2008年12月、上陸特別許可(上陸拒否期間中の上陸許可)を得て上陸し、日本人の配偶者等(1年)を付与されました。
日本人妻と同居生活を送り、更新1年(2009年)、更新1年(2010年)を許可されました。ですが、在留期間1年を3回という処分を受けたことから、2011年の更新時期は当職が取次し、更新3年を許可されました。
② 申請時期と添付書類
2012年6月、東京本局へ永住許可の申請をしました(当職取次)。
上陸から3年半、婚姻後6年弱の時点での申請ということになります。
法務省がアナウンスしている添付書類のほか、住居報告、親族概要、スナップ写真、理由書を添付しました。
夫婦とも就労していているため、夫婦とも在職証明書、市県民税課税・納税証明書を添付しています。なお、申請時期が6月中旬であり、高収入である妻に関する納税時期が未到来だったため、念のため、妻についてのみ直近年度とその前年の市県民税課税・納税証明書を添付しています。
理由書の内容は主に「祖国の親族との交流がなく、過去・将来とも一時帰国しない。生涯を日本で暮らしたい」との趣旨です。
③ 追加書類等
ⅰ)申請人(外国人夫)について
 - 過去3年分の国民健康保険料納付済額証明書又は社会保険証のコピー
 - 国民年金又は厚生年金全部の納付状況
 - 住民税課税・納税証明書(直近の前年と前々年分)
ⅱ)日本人妻について
 - 過去3年分の国民健康保険料納付済額証明書又は社会保険証のコピー
 - 住民税課税・納税証明書(直近の前年と前々年分)
一部は申請時点で添付した書類と重複するように思いますが、入管の見落としでしょうか。いずれにしても、市県民税課税・納税証明書関係だけではなく、国民年金や健康保険料についてまで、履行しているかどうか調査するようになった点には注目しなければなりません。
④ 許可の受領
2013年1月上旬に葉書を受領し、同月中旬に在留カードを受領しました。
⑤ 寸評
この申請人ご夫婦は、妻のほうが安定した収入があって主たる生計維持者になっています。どうも、入管は申請人(夫)の低収入を訝しく思っていたのかもしれませんが、申告、納税、年金、保険のどこにも不正はないことが理解され、許可されたものと思われます。

2011.03.25

最近の在留特別許可(4)

最近の在留特別許可案件に関して、変わった事情のある案件をいくつか掲記してみます。
◇ 配偶者に殺人未遂の前科 ◇
(序) 政権が交代したせいかどうか判然とはしませんが、およそ2009年後半以降の自己出頭案件について、ほとんど1年余の期間、手続が止まったかのようでした。そんな中の1件です。
(1) 本人の履歴など 
 20歳代のタイ国籍の女性です。自己名義のパスポートを使用し、2007年1月に短期滞在で上陸、そのまま不法残留しました。1回目の違反です。
 2008年1月に日本人男性と婚姻、同年7月に離婚していますが、この婚姻によって入管へ出頭することはしなかったそうです。
(2) 当職への依頼と出頭の遅延 
 08年10月、別の日本人男性である現夫と知り合い、交際同居し、09年6月に日本式婚姻が成立しました。
 両親同居、持ち家のうえ、現夫との間の子を妊娠したがそれが子宮外妊娠で卵管破裂、片方の卵巣を失うという悲劇もありました。
 再婚という点以外は、条件的に良かったと思われますが、現夫が仕事を忙しがり、大使館(婚姻要件具備証明書の取得)や入管へ出頭する時期が遅れ遅れだったことが気になる案件でした。
 およそこの当時以前は、不法滞在者であっても日本人の配偶者として外国人登録をしてあれば、入管が摘発に来ることはないと思われていた時期でもありました。出頭が遅れるのは良くありません。しかし、当職としては当事者の意向を無視できる立場にはありません。
 そうしたところ、09年8月下旬に入管の摘発担当(調査第1部門)が地元警察官を連れて、自宅に摘発に押しかけてきました。たまたまそのとき、本人が不在だったそうで、摘発を免れました。電話連絡は取れていたそうですが、「逃げ切ってしまった」そうです。
 仕事を理由に出頭を引き延ばしていた日本人配偶者でしたが、さすがに自ら出頭しないと問題が大きくなると感じたのでしょう。入管が摘発に来た翌日には、自己出頭することになりました。
(3) 自己出頭とその後の進行
① 自己出頭は、09年8月下旬でした。このころからの傾向で、出頭日におけるインタビューは軽めでした。
② その後、外国人本人が2度目の妊娠をしました。無保険の状態で出産を控え、多額の費用が掛かります。本人、家族から、何度かに亘って入管に進行状況の問い合わせを行いましたが、時間が掛かるとのみの回答だったようです。(2010年に入り、実務家たちも、08年や09年前半までとは、同種事案の取扱いに大きな違いが生じたことに気づかされたと言えます。)
 2010年9月、夫婦間の長男が出生しました。
③ 同年11月、入管が、予告なく自宅調査を行いました。夫の両親と外国人本人が在宅しており、写真撮影などが行われました。この手続は、厳しい審査ながらも許可見込みのある案件で行われる調査であると認識しています。
最近、電話調査は頻繁にあっても自宅調査がある案件は多くないと言えます。
④ 2011年1月下旬、午前9時半の呼出しがありました。長男の出生届記載事項証明書を提出するよう指示されました。
なお、後刻になってから聞いたのですが、夫婦揃って出頭するよう求められていたそうです。内容は、夫婦揃ってのロングインタビューでした。午後5時過ぎまで掛かる日程でした。この手続も、厳しい審査をすべき事案であると担当官(入国警備官)が考えたものと思います。実子もあるのになぜだろうか?と思いましたが、この点は、後に感想を記します。
⑤ 同年2月上旬、入管から電話があり、日本人夫の前科を問われました。夫は入管に対して、『殺人未遂で2年間服役していた』と正直に述べたそうです。この前科は、刑法34条の2の規定により、まだ抹消されていません。配偶者の前歴は大きな要素になることもありますので、私からも業務開始時点で聞いたことがあります。そのときの返答は、「免許証もゴールドだし前科なし」とのことでした。この時点に至り、重大なウソを言われていたことに気づかされることになりました。当方としては、当事者による重大な契約違反と認識せざるを得ず、果たしてどの程度の影響があるのか、先読みの難しい状況になりました。
⑥ 入管から「2月××日午前10時」に外国人本人のみ出頭するよう電話がありました。当事者は、何度も入管に日付を確認したと言いますが、カレンダーを見ると同日は土曜日です。出頭日時を再度確認してもらい、○○日(火曜日)の間違いであることが判明しました。入管の事務がかなり杜撰な証拠です。当事者側も入管の連絡が正確かどうか、細心の注意を払わなければなりません。再確認した○○日(火曜日)に仮放免許可となりました。仮放免許可申請はしていませんし、保証金もありません。仮放免による最初の「出頭確認日」は、従前、2ヶ月後を指定されるのが通例でしたが、本件に関しては、5週間少々後の日付指定でした。
(5) 在留特別許可
 入管から電話があり、上記の第1回目の出頭確認日より前の3月中旬某日午前9時半に出頭するよう求められました。ところが、今般の大震災のために、交通の便が非常に悪い状況になりました。呼出日の前日、入管から電話があり、「どうしますか?来られますか」と聞かれました。結局、当事者本人が無理と判断し、延期を求めたそうです。その後、呼出日の1週間後の某日午前9時半に審判部門への出頭を求められました。当日の持参書類として、戸籍謄本、住民票、登録原票記載事項証明書、仮放免許可書、外国人登録証明書、パスポートを指示されました。
 同日、午前中に違反判定、口頭審理、異議申立ての手続があり、午後2時から「在留特別許可」の裁決がありました。
(6) 若干の感想
上記のように
1点目 もう少し俊敏に大使館や入管へ出向く時間を取ってくれれば、2ヶ月は早く出頭できたものと考えられ、09年前半のように数ヶ月単位での最終決裁も可能だったのではなかったかと思われる点が残念でした。
2点目 日本人配偶者の前科が大きな影響を持つことも想定されるのですが、結果から見ると、両親同居、持ち家、実子の存在とプラス面が多く、前科のマイナス面を払拭したかのようでした。
3点目 入管が摘発に来たとき、逃げてしまったこと。これは、警備部門(摘発に当たった調査第一部門だけではなく、在宅調査を行った調査第三部門を含む入国警備官)の印象をだいぶ悪くしたものと思います。
前にも経験があるのですが、警備部門は、自分たちの努力を当事者が水の泡にするのを大変嫌います。「捕まえに行ったのに逃げた。自分たちの尽力を無駄にした。」というわけです。この部署は、こういった感情的で恨みじみた反応をすることがしばしばあるので、要注意です。
 そして、仮放免が許可され、事案が警備部門(入国警備官)から違反審査・審判部門(入国審査官)に引き継がれると、第1回目の出頭確認日より前に、在留特別許可を降ろす事実上の決定があったことが伺われます。総合的に見て入国審査官の心証は良かったということだろうと想像しています。

最近の在留特別許可(3)

◇ 覚せい剤取締法違反 ◇
(1) 当職取扱い以前の履歴
 20歳代のタイ国籍女性です。
 在留資格認定証明書の交付を受けて、2006年6月に、日本人の配偶者等(1年)で上陸許可を受けました。その後、更新を重ね、2008年6月から在留期間3年を付与され、在留期限は2011年6月でした。
 在留期間3年を得た後、日本人夫と別居し、スナック勤めを始めました。
 動機は、本国に残してきた実子への送金額を増やしたい等とのことでした。
 スナック勤めから覚せい剤を覚え、2009年5月、覚せい剤取締法違反で懲役1年6月、執行猶予3年の判決を受けました。判決確定により入管法24条4号チに規定する退去強制事由に該当することになります。ですが、この時点で、自動的に在留資格を喪失するわけではありません。判決とは別途に退去強制手続が行われます。
執行猶予付き判決を受けたので、身柄は釈放されました(この時点で不法残留になっていると法廷から入管へ収容されます)。本人は、日本人夫の家に戻って生活を再開しました。
(2) 当職への依頼
 この段階で、当職に、在留特別許可の依頼がありました。
 事案の概要を把握するために、刑事事件の記録(司法警察員面前調書や起訴状、判決謄本など)を精査するところから調査に入りました。
そして、「逮捕前に別居に至っていた。夫と離婚して別の男性と結婚したい」旨の書かれた調書が、入管にも回っている前提で書類を作成することにしました。
刑事事件は大きな問題ですが、入管としては婚姻関係の破綻の程度が判断基準になるので、別居等はかなりの難点でした。
(3) 入管への出頭
 上記のとおり、在留資格・在留期間は残ったままの状態で、2009年6月中旬に入管へ出頭しました。
 この場合、自ら出頭しないでいると、どうなったのでしょうか?
 ・退去強制手続開始のため、入管から呼び出されるか。
 ・次の更新時期に更新不許可、退去強制手続になるか。
 どの手順でやっても、退去強制手続になるわけですが、結果から見ると、速やかに自分から出頭したことが功を奏したものと思われます。
(4) 事案の進行
① 2010年8月、自宅調査、写真撮影等が行われました。入管がいきなり自宅に乗り込んできて、パチパチ写真を撮ってゆくパターンは、危ないながらも許可見込みのある案件であると考えられるのは、上記にも記したとおりです。
② 同月下旬に入管から呼出しがあり、ロングのインタビュー(ほぼ丸1日)が行われました。担当したのは入国警備官と思われます。これも、危ないけれど許可見込みがあるときに、行われると考えています。
③ その約2ヵ月後の10月下旬に入管から呼出しがあり、保証金30万円を積んだうえ、仮放免許可を申請”させられ”ました。そういう当局の指示があったのです。
 (同日、フィリピン人永住者で覚せい剤事犯の人も同じ措置を取られたそうです。)
 仮放免許可を与えられ、第1回目の出頭確認日として、2ヵ月後の12月下旬の日付を指定されました。
④ 12月上旬に、ほぼ半日の日程で「入国審査官による違反審査」というインタビューがありました。
⑤ 2011年1月下旬、特別審理官による口頭審理が行われました。
(5) 在留特別許可
 2011年2月上旬の出頭確認日に、在留特別許可の裁決がありました。
(6) 若干の感想
 在留特別許可が認められるか、退去強制処分になるか。本件ほどその落差の激しい事案はありません。
退去強制処分になった場合、
① 入管法第5条第1項5号により、薬物系犯罪による前科で長期上陸拒否事由該当
② 入管法第5条第1項4号により、1年以上の懲役を受けた者として長期上陸拒否事由該当
③ 入管法第5条第1項9号ロにより、5年間の上陸拒否事由該当
 以上3つの上陸拒否事由に該当することになり、なお、夫婦間に実子もないので、事実上、日本に再来日することは、ほとんど生涯不可能であったと思われます。
 まさに生死を分けるに等しい在留特別許可であったと言えます。
(7) 再入国許可について
 類似情報を収集した結果も踏まえると、執行猶予期間中は、再入国許可は認められていない模様です。
 一般論として、長期上陸拒否事由該当の場合、生涯において上陸拒否者ですが、執行猶予期間が満了すると上陸特別許可が出ることがあります。
 それと同じ理屈で、再入国も上陸の形態の1つなので、執行猶予期間中は「上陸」に当たる再入国許可は出せないということのようです。ただし、人道上やむを得ない事由があるときは、執行猶予期間中でも再入国許可を認めることもあるようです。

最近の在留特別許可(2)

◇ 2006年に3回の違反 ◇
 タイ国籍30歳代の女性、初婚です。
(1) 当職取扱い以前の履歴
① 不法滞在中の2006年に摘発収容され、退去強制処分を受けました(上陸拒否5年に該当)。
② 同年中に、他人名義のパスポートを使用して上陸申請したところ、パスポートが真正ではないことが判明したため、不法入国により退去強制処分を受けました(上陸拒否10年に該当)。
③ 同年中に、再び他人名義のパスポートを使用して上陸申請したところ、今回は、パスポートの不正が判明せず、上陸できてしまいました。
(2) 当職への依頼
 日本人男性と交際、同居に至り、当職に婚姻段階からの依頼がありました。
婚姻の方式は、日本式を選択せざるを得ず(領事婚は日本の通則法により不可、タイに帰国できないとすればタイ式婚姻も不可です)、なお、不法入国ですから在日タイ王国大使館は婚姻要件具備証明書を発給しません。
よって、独身証明書や住居登録などを添付して、夫の本籍地の市役所へ日本式の婚姻届を提出しました。
 本件では、とりあえず夫婦別姓とし、現地代理人により、在タイ日本大使館経由でタイ国婚姻証明書(家族状態登録簿=タビアン・タナヘン・クロップクロア)を作成しました。
(3) 入管への出頭
 入管への出頭は2007年12月中旬でした。他の事案と同様の書類のほか、違反歴一覧、使用した他人名義パスポートに関する情報、夫名義の経緯書などを添付しましたが、親族からの嘆願書は提出できませんでした。
 多少は危惧しましたが、その場で、収容されるようなことはありませんでした。
(4) 事案の進行
 出頭時期は2007年12月でしたから、当時の相場では、およそ4ヶ月程度で仮放免許可ないし在留特別許可が与えられる時代でした。
 しかし、この程度に悪質ですと、審査に時間が掛かって当然と思われました。
① 08年3月に、入管による事前連絡なしの自宅調査があり、写真撮影その他が行われました。いきなり入管が乗り込んできて写真撮影を含む自宅調査をするのは、かなり厳しい審査をしながらも、やがては許可される方向の案件に多い調査方法だと言えます。
② 同年6月に入管(調査第三部門)への出頭を求められ、夫婦双方に対し、丸1日掛かりのロングインタビューがありました。これも審査内容は厳しいが許可される方向の案件の場合に行われる調査方法だと言えます。
③ 同年8月、仮放免許可が与えられました。仮放免を申請したわけではなくまた保証金も要求されていません。
④ 同年9月以降、3月に1回の割合で、仮放免による出頭確認が繰り返されました。
⑤ 2010年8月には、本人に対し、審判部門によるインタビューが半日を掛けて行われました。
(5) 在留特別許可
 2010年12月、仮放免許可書、パスポート、外国人登録証明書、戸籍謄本、住民票を持参し、午前9時30分に出頭するよう指示されました。
 この日に、在留特別許可が降りました。
 初出頭から丸3年を要しましたが、事案が悪質であったためにこの程度の審査期間はやむを得なかったように感じました。

2011.01.21

上陸特別許可案件(10)

上陸特別許可の在留資格認定証明書の例(10)

事案の概要
申請人は中国籍の女性です。
就学の在留資格で来日後、不法残留していました。日本人男性と交際・同棲するに至りましたが、同棲中の2009年5月、不法残留で摘発され、同年6月下旬、退去強制処分を受けました。上陸拒否5年に該当しています。
同年10月中旬、中国式婚姻が成立しました。
2010年1月、いったん当事務所に相談があったのですが、中国人女性ご本人のパスポートが発給されないという事態になり時期を待つことになりました。中国法においては、強制送還で帰国した場合、6ヶ月から3年の範囲で、新規のパスポートが発給されないという規定があるとのことです。
2010年7月、ご夫婦間のご実子が中国で誕生しています。ご実子は日本国籍を留保されました。
2010年10月上旬、当職取次にて「日本人の配偶者等」の在留資格認定証明書交付申請書を東京入国管理局(本局)宛て提出しました。
2011年1月中旬、在留資格認定証明書が発給されました。
日本人の配偶者の場合、「退去から2年以上、婚姻から1年以上」が経過した時点で、上陸特別許可を前提とする在留資格認定証明書を発給する旨の内規がある模様ですが、本件では、退去から2年未満です。婚姻成立から審査に掛かる時点までは1年を経過しています(申請時点では1年未満でした)。
過去にも上陸特別許可案件(2)の例がありますが、ご夫婦間にご実子がある場合、退去から1年以上、婚姻から1年以上の経過で、上陸特別許可を認める内規が存在することが推測されます。
審査期間は3ヶ月と1週間ほどでした。

2010年7月1日施行の「通知書」について
入管のサイトには、上陸特別許可の手続を簡素化する旨の記載があります。
http://www.immi-moj.go.jp/newimmiact/q_a_details8.html#q8-1
http://www.immi-moj.go.jp/newimmiact/q_a_details8.html#q8-2
ここに、
「入国審査官,特別審理官,法務大臣と三段階の手続を経て上陸特別許可を再度行わずに,入国審査官が上陸許可の証印をできるようにすることにより上陸手続の簡素化を図った」
「特例の対象となるのは,入管法第5条に規定する上陸拒否事由のうち,同条…第9号…に該当する方で,法務省令が改正される7月1日以降に…在留資格認定証明書の交付…を受けた方で法務大臣が特別な理由があると認めた方です。これらの方には,相当と認めるときには通知書を交付してお知らせすることとなります。」
とあるのですが、上陸特別許可を前提とする「7-1-4」と付記された在留資格認定証明書」では「通知書」の取扱いをしないのが現在の実務である模様です。
本件に関しては「通知書」ではなく、従前どおり“到着便の事前通知”を求める「お知らせ」が同封されていました。
「お知らせ」についてはこちらからご覧ください。
なお、上記「通知書」が交付されるのは、現在のところ、上陸拒否期間中の再入国許可のみの模様です。
※ 追記 同年2月下旬、在瀋陽総領事館にて査証発給され、3月中旬、上陸特別許可が認められました。
本件以前の上陸特別許可案件に関しては、こちらからご覧ください。

2011.01.05

「日配」更新<事例5>

在留資格「日本人の配偶者等」の在留期間更新許可申請に関する事例

<事例5>
同一配偶者との再婚を理由に更新許可を求めた事例。
居住地:東北地方
掲載意図:
本事案は当職において、入管申請書類の作成や取次を行ったものではありませんが、日本人の配偶者等の在留期間更新許可申請をなしたところ、事例4と同様に、質問書の提出を求められたとのことなので、その類似性から、ここに掲載することにしました。
事案概要:
タイ国籍の女性Aは、日本人の夫Bと婚姻し、2003年12月に日本人の配偶者等の在留資格で上陸し、以後、同資格にて在留期間3年を認められていました。在留期限は10年12月でしたが、それ以前の09年8月に協議離婚が成立しました。その離婚は当事者双方の本意ではないと言います。再婚して日本での在留を継続したいとのことで、再婚の手続についてご依頼を受けたわけです。
再婚手続の原則:
本来ですと、ごく大まかに記しても、
タイの離婚証明書・独身証明書・住居登録等の取得→日本の婚姻届→タイの婚姻証明書等の取得→入管への申請。
という手順になります。細かく言いますと、両国外務省・大使館による離婚・改姓・婚姻関係書類の発給申請や認証手続・翻訳、パスポートの申請や外国人登録の手続など、細々した処理が山積されています。煩雑極まりありませんし、在日タイ大使館に相談すれば、上記のような原則論を押し付けられるのは当然と思われました。
例外的な通達の存在:
2009年、本件とは別途に、タイ人女性が入管に収容中である案件に関して、次のような通達がある旨の情報を得ていました。
「タイ人女性Aと日本人男性Bが双方の国で婚姻届をなしたうえ、日本でのみ離婚届を提出し、タイ側離婚届をなしていない状態で、Aが、別の日本人男性Cと再婚するにつき、添付書類として、AB間のタイの婚姻証明書、Aの出生証明書及び住居証明書をもって、婚姻届を提出することができる。この場合、市役所限りではなく、法務局への受理照会の上、婚姻届を受理することとなる。」
本件への適用:
本件では、Aが収容中というような緊急やむを得ない状況ではありません。一方、離婚した夫Bと再婚する夫Cは同一人であるという特殊性があります。担当市役所及び法務局の意向を確認したところ、上記通達を是認したうえで、①タイ国婚姻証明書(タイ語原文と英訳のセットに外務省認証及び日本語訳)、②住居登録(前同)、③申述書、を添付して市役所限りで婚姻届を受理する、との回答を得たものです。
入管への申請:
入管申請に関しては相談を聞いているのみですが、事例4と同様に、離婚成立によって速やかに帰国するか他の在留資格への変更を求めるべきであったと思われます。しかし、そうせずに、在留期間更新許可を申請したいというのが当事者の希望でした。
離婚・再婚の当事者は同一ですが、本件もやはり、新たに日本人の配偶者等の在留資格を決定する場面になりますので、質問書の追加を求められたということでしょう。
離婚届の提出により、過去7年の在留履歴がリセット扱いになったものと想像します。
入管の審査結果は、更新許可1年であった、とのことです。

「日配」更新<事例4>

在留資格「日本人の配偶者等」の在留期間更新許可申請に関する事例

<事例4>
前夫と離婚し、現夫との婚姻を理由に更新許可を求めた事例。
居住地:東京都
入管:東京入国管理局(本局)
申請時期:2010年11月
事案概要:
タイ国籍の女性Aは、日本人の夫Bと婚姻し、2008年12月に、日本人の配偶者等(1年)の在留資格で上陸しました。しかし、滞在1年目からBが倒産するなどして夫婦関係がギクシャクするようになり、2009年からC(2010年に後夫となる)に身の上話を相談するなどしていました。
09年11月、AとBはこのまま日本に居住し夫婦関係を維持するのかどうか熟慮する意図で更新許可1年を得ました。しかし、夫Bがタイへの移住を決意する等、Aにとっては受け入れられない事態となり、2010年4月に協議離婚が成立しました。
それと相前後してAとCが交際するようになり、離婚成立後の同年6月からAとCは同居生活に入りました。
待婚期間を経過した同年10月にAとCの婚姻が成立しました。この際、Aのパスポートは、婚姻前の実父姓のものを用意しました。
在留期限前に本国の婚姻証明書も用意できましたので、これも添付して在留期間更新の許可を求めました(本国婚姻証明書が作成未了の場合は、申請後に追完する予定でした)。
主な添付書類:
登録原票記載事項証明書、外国人登録証明書写し(前夫Bとの婚姻中のもの、離婚後の実父姓のもの)、B姓のパスポート、実父姓のパスポート、タイ国婚姻証明書(以上、Aのもの)。戸籍謄本(Bのもの)。戸籍謄本、住民票、在職証明書、都民税特別区民税課税納税証明書、身元保証書、パスポート写し(以上、Cのもの)を提出しました。
理由書等:
質問書(http://www.moj.go.jp/content/000007383.pdf)とスナップ写真多数を提出しました。
なお、質問書は、在留資格認定証明書交付申請(いわゆる呼寄せ)において使用する予定で設定されていますので、署名者及び一人称は、日本人配偶者Cとなります。その点は、本事案でも同じですが、外国人本人が日本に在留中に更新許可申請をなす場合、理由書を添付するとすれば、その作成者は外国人本人となるのが通例です。そこで、入管の意見を聞き、質問書末尾の署名はCがなすこととし、質問書2葉目の経緯の部分を「婚姻に至る経緯書」として独立させ、その末尾に作成名義人となるCと、連名で外国人本人Aの署名を記載しました。なお、別途、外国人本人A名義の理由書を添付するもの1つの方法でしょう。
申請理由として留意すべき点:
Aは、前夫Bとの離婚により、日本人の配偶者等の在留資格該当性を喪失したものと見られます。よって、離婚後相当期間内に帰国するか、速やかに他の在留資格への変更を申請すべきでした。本件のAには、変更すべき在留資格は見当たらず、入管法の基本どおりであれば帰国するしかなかったでしょう。
つまり、入管法の定める原則からすると、離婚→帰国→再婚→在留資格認定証明書交付申請→査証申請→再来日、という手順を取るべきところ、離婚→再婚→在留期間更新許可申請、という特例的な手続を取ったことになります。
この点を含め、本事案の陳述内容として、以下に留意すべきでしょう。
・ 前夫Bと離婚するに至った詳述な経緯。
・ 前夫Bとの離婚後速やかに在留資格変更申請もしくは帰国の手続を取らなかったことに対する謝罪の文言。
・ 離婚成立後も帰国しないで、日本に在留を続けた理由。本件においてこれに相当するのは、後夫Cとの交際及び同居の事実。
・ 前夫Bとの離婚前から、後夫Cとの交際があった事実(真実であり、かつ、入管の指導によって記述した部分ですが、いわゆる不倫ではないことを注意深く説明すべきでしょう。)
審査の結果:申請後2週間で許可証印受領。更新許可1年を付与されました。

Next »