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2013.12.26

在留特別許可による永住者の配偶者等からの永住許可

① 来日後の履歴
申請人は、茨城県に居住する40歳代のタイ人男性です。
不法残留後、2007年5月、永住者である妻と婚姻し、2009年1月、在留特別許可を得、永住者の配偶者等(1年)を付与されました。
その後も、永住者である妻、妻の長女と同居生活を送り、更新1年(2010年)、更新1年(2011年)、更新3年(2012年)を許可されました。
② 申請時期と添付書類
2013年8月、東京本局へ、永住許可の申請をしました(当職取次)。
在留特別許可から4年、婚姻後6年の時点での申請ということになります。
法務省がアナウンスしている添付書類のほか、以下のような添付書類を提出しました。
・主たる生計維持者である申請人本人の市県民税課税証明書、同納税証明書3年分…追加要求されやすい書面ですので、最初から3年分を添付しています。
・永住者である妻の在職証明書、市県民税課税証明書、同納税証明書3年分
・社会保険の保険証コピー(一家3人分)
・住居報告
・親族概要
・理由書…主に、永住許可を得て、住宅を購入したいという趣旨です。
・スナップ写真
・第三者身元保証人の在職証明書、住民票、市県民税課税証明書1年分…これは、本来の身元保証人である永住者妻の収入が低いため、従前、入管で指導を受けたとおり、第三者の身元保証人をダブルでつけたためです。
③許可の時期
追加書類の要求はなく、12月中旬、許可受領してきました。申請から3ヵ月半ほどで、審査も早めであったと言えます。いくつかの情報から、処理が早くなってきている様子だと察していました。
ただし、取扱局による差は相当あると思われます。複数の管轄がある案件では、どの入管へ申請するか、というのも1つの要素になるでしょう。

2013.10.16

在留特別許可~難民異議申立東京事務局による

不法滞在による退去強制手続と難民認定申請の両方の手続が行われている場合、書面の判読も困難さ増します。
以下に、退去強制令書発布後に、難民部門で在留特別許可がなされた事例をレポートします。
概略の経過は以下のとおりです。

ご本人は、アフリカ某国出身の男性で、居住地は埼玉県です。
・2006年03月  短期滞在30日で上陸許可。その後、不法残留
・2008年07月  難民認定申請
・2009年11月  東京入国管理局調査第三部門に出頭し、本邦在留を希望
・2009年12月  仮放免許可(収容令書による収容があったことを意味します)
・2010年09月  難民不認定処分
・2010年09月  難民不認定に対する異議申立て
・2011年03月  違反判定に対する異議申出に対し理由がない旨の裁決
            退去強制令書発布
・2011年03月  仮放免許可(退去強制令書による収容があったことを意味します。以後、1ヶ月伸ばしの仮放免が続きます)
・2011年07月  日本人女性と婚姻
・2012年02月  当職事務取扱い開始
・2012年03月  代理人弁護士を解任
            婚姻関係書類等を提出
・2012年12月  夫婦間の実子出生
・2013年10月  在留特別許可
 
寸評
① 難民認定申請をなしたものの、その結論以前に、不法滞在による退去強制処分が出てしまっていました。
② 2012年2月、当職に相談がありました。
退去強制令書発布後に婚姻が成立するという身分上の大きな変動がありましたので、再審の情願を提出する前提で、審判部門の意向を確認しました。審判部門としては、難民関係の手続が係属しているのであれば、そちらの部署なら婚姻など人道的な事由に関する審査も合わせて行ってもらえる。だから、難民関係案件が現に係属しているかどうかの確認をし、それがあるのなら、婚姻など人道的な事由に関する書面も難民の部署に提出して欲しいとのことでした。つまり、難民の案件があるのなら、再審の情願は受け付けないという態度でした。
③ 難民異議申立東京事務局で確認したところ、弁護士を代理人として難民認定しない処分に対する異議申立て事件が係属していることがわかりました。
弁護士に連絡を取ったところ「その案件はもう終了したはずだ。難民案件が何か存在するのなら、本人が出し直したのだろう。自分は、今後、入管関係業務を取り扱う気はない。」との態度でした。
④ よって、本人名義で、弁護士の解任手続をするところから、事務を着手しました。
入管関係を専門にしている弁護士さんはあまり多くなく、そのときは専門だといいながら、適当な時期に事案を放置する。そういう方も珍しいとは思いません。弁護士さんに喧嘩を売るつもりはありませんが、ご自身の運命を託す人物を選ぶのはなかなか難しいことです。
⑤ 同年3月、上記②のような審判部門の指導があったので、再審の情願は出さず、難民異議申立東京事務局に対し、いわゆる在留特別許可案件と同程度の書類を提出し、日本への在留を強く求めました。
上記のとおり、日本人妻との婚姻・同居に加えて、日本人妻の両親との同居生活の模様や妻の母からの嘆願書等も提出しています。
その後、妊娠・出産と、状況はますます保護すべき要素が増えてゆくことになります。
⑥ 同年8月、審判部門と難民異議申立東京事務局の連名で、難民異議申立てに関する申述書の提出を指示する文書と追加資料の提出に関する注意文書が郵送されてきました。日時指定で本人にインタビューをする旨の連絡もありました。
これについて、難民異議申立てに関する申述書であれば、以前に弁護士名で提出済みであるはずだと訝しがって出頭に同行しました。
そうしたところ、難民異議申立東京事務局の担当者は「弁護士を解任したので、改めて申述書を提出しなおして欲しい。弁護士名義の難民異議申立てに関する申述書のとおりで良いのかどうか確かめたい」という趣旨の意向を述べました。裁判所出身の私からしますと、代理人弁護士が代理権のあるうちになした訴訟行為は有効ですから、このときの難民事務所の扱いには違和感を覚えたものです。このときは、本人の意向で、かつて弁護士が書いた書面を本人がそのまま引用する形の申述書を提出することになりました。私としては、法が定める難民の定義から外れた内容の申述書は避けるべきだと思ったのですが、本人の意思に任せる形になりました。
⑦ その後、自宅調査(担当官が本人・家族のいる家に来て状況を調査する)など、かなり慎重な調査と長い時間を掛け、最終的に2013年10月、在留特別許可を付与されるに至っています。
⑧ 上記のとおり、本件では再審の情願をなしたわけではありませんでしたが、2011年3月の退去強制令書発布後に婚姻が成立し、そのことを理由として最終的に在留を許可されたわけですから、実質的に見れば、再審の情願が認められたのと同様であったと考えられます。

2013.07.12

在留特別許可を求めて出頭した際に渡される用紙

在留特別許可を求めて東京入国管理局調査第三部門へ出頭しますと、従来から「提出書類について」と題する書類を交付されるシステムになっています。
この用紙は、入管が不足書類の追加要求をするために用いられてきましたが、一方では、その出頭申告者(不法滞在者)について、調査第三部門が調査を開始したことを意味します。つまり、これを所持しているということは、既に入管に出頭済みで調査第三部門に事件があること、よって、入管の他の部署(摘発担当者)が当該申告者を発見しても拘束するようなことをしない旨を意味していることになります。100%の保障はできないが警察の検挙であっても同様である旨、入国警備官から耳にするところです。

この「提出書類について」の様式が、平成25年に入ってから、若干変わりました(それ以前の少なくとも平成18年から平成24年においては同じ様式でした)。
次が、平成24年以前の様式です。
こちらをクリックすると、PDFファイルが展開します。
「提出書類について」とある次の行に「本書を同封の上」と書いてあります。追加書類と一緒にこの原紙を送付するよう求める指示です。末尾のほうに<キリトリ>とあって、切取線の下だけを本人が保管することを意味します。しかし、これだけですと、日付(出頭申告日)と事件番号は入っていますが、肝心な出頭申告者の名前が入っていません。たまたま摘発に当たった入管の他の部署や警察が逡巡することも想定されます。そういうこともあり、私は、追加書類を提出する場合、決して原紙は入管に出さず、コピーを同封するようにしていました。

次が、平成25年の様式です。
こちらをクリックすると、PDFファイルが展開します。
「提出書類について」とある次の行に「本書の写しを同封の上」とあります。そして、末尾に「この用紙は大切に保管し、当局に資料を提出する際には、この用紙の写しを同封してください」となりました。
「提出書類について」の原紙は出頭申告者が保管することになったわけです。
担当者名も記入され、随分と親切になったように見受けられます。切取線は無くなりました。
仮放免許可とは意味が違いますが、この用紙に“捕まえない保障”を付与したのに近くなった感があります。
ほかに、「外国人登録証明書写し」を「在留カード写し」に変更し、「外国人登録原票記載事項証明書」を削除してあります。
「最寄り駅から居宅までの経路図」を削除したのは、腑に落ちません。あったほうが良いと思うのですが。

このほか、「配偶者質問書」という様式ができました。
こちらをクリックすると、PDFファイルが展開します。
内容は、出会い、同居、居宅間取り、金銭管理、プロポーズなどに関して、チェック式がメインの簡単なものです。

これら、在留特別許可を求める際に関係する書類の一覧は、ZIPファイルにしてアップロードしてあります。
こちらをクリックしてダウンロード・解凍すると、PDF9ファイルが展開します。
(6/28アップロード、7/12改訂)

2013.02.02

改正法施行後の永住許可事例

近時、永住許可がかなり厳しくなっているという声を耳にすることがあります。
本稿では、2012年7月9日の法改正後に永住許可された事例を掲げてみます。たまたまですが、本日ご紹介する申請人はすべて男性ということになりました。

1 上陸特別許可による永住者の配偶者等からの永住許可
① 来日後の履歴
2008年7月、上陸特別許可(上陸拒否期間中の上陸許可。当職取次)を得て上陸し、永住者の配偶者等(1年)を付与されました。
永住者である妻及び妻の第三子(小学生)と同居生活を送り、更新1年(2009年)、更新3年(2010年)を許可されました。
② 申請時期と添付書類
2011年11月、東京本局へ永住許可の申請をしました(当職取次)。
上陸から3年、婚姻後4年経過の時点での申請ということになります。
法務省がアナウンスしている添付書類のほか、住居報告、親族概要、スナップ写真、理由書を添付しました。理由書の内容は主に「永住許可を得て政府系金融から融資を受け、自宅を購入したい」との趣旨です。
③ 追加書類等
入管からは、追加の書類提出などは求められませんでした。目立つ形での自宅調査も電話照会もありませんでした。
ただし、震災の影響で空き家になった半壊家屋の無償譲渡を受け(自己補修して居住)、土地は賃借する形で転居したので、その居住関係報告と、相変わらず政府系金融からの融資を受けて土地建物を自己名義にしたい趣旨は入管に報告しました。 
④ 許可の受領
2012年7月下旬に葉書を受領し、8月上旬に在留カードを受領しました。
⑤ 寸評
夫婦共働きであり、世帯の所得額、住民税の課税・納税も問題ありませんでした。
この案件を見る限り、法改正前と全く変わりがないという印象を受けました。

2 在留特別許可による永住者の配偶者等からの永住許可
① 来日後の履歴
不法残留後、永住者である妻と婚姻し、2007年2月、在留特別許可を得、永住者の配偶者等(1年)を付与されました。
永住者である妻と同居生活を送り、更新1年(2008年)、更新3年(2009年)を許可されました。
② 申請時期と添付書類
2012年1月、東京本局へ、更新3年と永住許可の同時申請をしました(当職取次)。
在留特別許可から5年、婚姻後6年弱の時点での申請ということになります。
(更新はこの当時の基準どおり4週間程度で許可証印を得ました。)
法務省がアナウンスしている添付書類のほか、住居報告、親族概要を添付しました。スナップ写真や理由書は添付していません。在留特別許可から5年も経過しているので、細かい説明は不要と考えたためです。
ただし、この永住者妻は視覚障害者で無職無収入のため、第三者の身元保証人と所得証明書を添付しました。
③ 追加書類等
入管からは、2回に渡って追加の書類提出を求められました。
ⅰ)申請人に掛かる過去2ヵ年分、申請後1ヵ年分の市県民税課税・納税証明書
ⅱ)妻に掛かる直近1ヵ年分の市県民税課税・納税証明書
まず、ⅰ)に関してですが、申請書には法務省のアナウンスどおり、申請時点での直近1ヵ年分の市県民税課税・納税証明書を添付したのですが、その前年・前々年分と、時間経過により提出することが可能になった申請後の市県民税課税・納税証明書を追加要求されたわけです。
これは、他からも報告があるように、近年、所得申告や納税義務の履行を厳密に調査するようになった結果と言えます。
ⅱ)に関しては、ⅰ)のうち申請後1ヵ年分の市県民税課税証明書に「被扶養配偶者 無」となっているところに、入管が目をつけたことによるものです。申請人は、勤務先会社に「被扶養配偶者 有」と報告していたのに、会社がそれを無視し、「被扶養配偶者 無」との源泉徴収を行った結果によるものです。妻に関しては市県民税非課税証明書を提出、申請人については確定申告をやり直したうえ「被扶養配偶者 有」と変更された後の市県民税課税・納税証明書を追加提出しています。
④ 許可の受領
2012年9月中旬に葉書を受領し、同月中に在留カードを受領しました。
⑤ 寸評
申請時点から見て直近年度の市県民税課税・納税証明書を添付したうえ、追加資料として申請時点から見て過去2ヵ年分、申請時点から見て次年度1ヵ年度分、つまり、4ヵ年分の課税・納税証明書に意を払わなければならなくなったことを意味します。

3 上陸特別許可による日本人の配偶者等からの永住許可
① 来日後の履歴
2008年12月、上陸特別許可(上陸拒否期間中の上陸許可)を得て上陸し、日本人の配偶者等(1年)を付与されました。
日本人妻と同居生活を送り、更新1年(2009年)、更新1年(2010年)を許可されました。ですが、在留期間1年を3回という処分を受けたことから、2011年の更新時期は当職が取次し、更新3年を許可されました。
② 申請時期と添付書類
2012年6月、東京本局へ永住許可の申請をしました(当職取次)。
上陸から3年半、婚姻後6年弱の時点での申請ということになります。
法務省がアナウンスしている添付書類のほか、住居報告、親族概要、スナップ写真、理由書を添付しました。
夫婦とも就労していているため、夫婦とも在職証明書、市県民税課税・納税証明書を添付しています。なお、申請時期が6月中旬であり、高収入である妻に関する納税時期が未到来だったため、念のため、妻についてのみ直近年度とその前年の市県民税課税・納税証明書を添付しています。
理由書の内容は主に「祖国の親族との交流がなく、過去・将来とも一時帰国しない。生涯を日本で暮らしたい」との趣旨です。
③ 追加書類等
ⅰ)申請人(外国人夫)について
 - 過去3年分の国民健康保険料納付済額証明書又は社会保険証のコピー
 - 国民年金又は厚生年金全部の納付状況
 - 住民税課税・納税証明書(直近の前年と前々年分)
ⅱ)日本人妻について
 - 過去3年分の国民健康保険料納付済額証明書又は社会保険証のコピー
 - 住民税課税・納税証明書(直近の前年と前々年分)
一部は申請時点で添付した書類と重複するように思いますが、入管の見落としでしょうか。いずれにしても、市県民税課税・納税証明書関係だけではなく、国民年金や健康保険料についてまで、履行しているかどうか調査するようになった点には注目しなければなりません。
④ 許可の受領
2013年1月上旬に葉書を受領し、同月中旬に在留カードを受領しました。
⑤ 寸評
この申請人ご夫婦は、妻のほうが安定した収入があって主たる生計維持者になっています。どうも、入管は申請人(夫)の低収入を訝しく思っていたのかもしれませんが、申告、納税、年金、保険のどこにも不正はないことが理解され、許可されたものと思われます。

2012.10.17

在留特別許可関係書類(2012年10月版)

在留特別許可案件に関する様式のうち、2012年10月に、陳述書と配偶者履歴書が新様式に変更されました。これをアップロードしましたので、下記へアクセスしてご覧ください。
http://www.yshimada.com/nyuukanshoshiki.htm#2
http://www.yshimada.com/images/zaitoku201210.zip
解凍すると全部で8つのPDFファイルが展開されます。
ここに掲載したファイルは次のとおりです。①提出書類について(配偶者案件)、②提出書類について(その他の案件)、③陳述書(新様式)、④陳述書の書き方(新様式)、⑤配偶者履歴書(日本人配偶者用、その書き方=新様式)、⑥配偶者履歴書(外国人配偶者用=新様式)、⑦申告書、⑧住居の概要(最寄り駅から居宅までの経路図作成のために参照)。
もちろん、これ以外の書類を添付、提出すべき場合もありますので、詳細についてはメールや電話にてお問い合わせください。

2012.04.28

オーバーステイ20年以上の方

オーバーステイ20年以上もしくはそれに近い年数の方は、在留特別許可が受けられる可能性があります。
ご相談を承りますので、メールもしくは電話にてご連絡ください。
(事務取扱いを開始して1年を経過したところ、不許可が多く、とてもお勧めは出来ません。またまた入管に騙された感じを受けます。2013/2/26)

2012.04.20

在留特別許可関係書類

下記様式は、2012年10月1日に改訂されました。新様式は近々アップします。
——————————

いわゆる在留特別許可案件に関する書式のご紹介です。
不法滞在の外国人が、日本人との婚姻など何らかの人道的事由により、退去強制手続の中で在留特別許可を求め、東京入国管理局調査第三部門(在宅事件担当)へ出頭申告するに際し、提出すべき書類等について、アップロードしました。
下記へアクセスしてご覧ください。
http://www.yshimada.com/nyuukanshoshiki.htm#2
http://www.yshimada.com/images/zaitoku.zip
http://www.yshimada.com/images/zaitoku.lzh
解凍すると全部で5つのPDFファイルが展開されます。
ここに掲載したファイルは次のとおりです。①陳述書、②陳述書記載方法(注意点)、③申告書、④配偶者履歴書、⑤提出書類について
もちろん、これ以外の書類を添付、提出すべき場合もありますので、詳細についてはメールや電話にてお問い合わせください。

2012.02.08

最近の在留特別許可案件

=子の父はだれか疑義が残るケース=
1. インドネシア国籍の男性(A)は、1999年に架空人名義のパスポートを使用して不法入国し、茨城県などで就労していました。
タイ国籍の女性(B)は、日本人夫(C)と婚姻し、一児(D)を儲け、日本人の配偶者等の在留資格から永住許可を得ました。
2. やがて、BC夫婦は金銭的な理由等で不和になり、2008年11月に、Dの親権者をBと指定して協議離婚が成立しました。離婚当時、Bは妊娠中でした。BCは、離婚したもののBには自活力がなく、Bは離婚成立後9ヶ月間(2009年8月まで)、前夫Cのアパートで同居生活を継続していました。
3. BCが離婚した当時妊娠中だった子(E)は2009年5月に出生しました。Eは、BCが婚姻中に懐胎した子(また離婚した2008年11月から300日以内に出生した子)なので、民法772条の規定により、Cの子であるとの嫡出推定を受けます。繰り返しになりますが、BCは、Eの出生後も同居していたのです。
4. 追って、2009年8月、BDEは、Cの家を出て、Aと同居するに至りました。この時点から、ABDEの4名による同居生活が開始されました。
2010年4月中旬、AとBは、茨城県K市役所へ婚姻届を提出し、日本式婚姻を成立させました。同時に、Aは初めて外国人登録を申請しました。
5. 2010年4月下旬、Aは、東京入管調査第三部門在宅事件担当へ自己出頭しました。
その席で、ABは、「Eの血縁上の父はAである」と述べています。
入管は、「Eの戸籍上の父訂正申立てを証明するもの」を追完するよう要求しました。
6. 本件のように、戸籍上は日本人前夫の子となっているが、血縁上は外国人後夫の子である、というケースは、日常的に見かけるほどの多数に上ります。
7. 入管は、「Eの血縁上の父がAならば、そのように戸籍(公簿)も直すべきだ。公文書に本当の父が記載されていなければ、子供が可愛そうだ。」と言い、一方で、当事者のAB夫妻は、「子供がCの子でなくなることにより、日本国籍を喪失するのは可愛そうだ」という言い分です。
8. 親子関係は法が決めるのか、血縁が決めるのか。これについては、その時々の法制度や倫理観などによって、変遷してゆくものでしょう。近年、DNA鑑定が一般化し、「親子関係は血が決める」という考え方が台頭しつつあるように感じられますが、わが国の民法は「親子関係は法が決める。子の親が後年になってから変更されたのでは、子の法的立場が安定せず子の福祉に反する。」という立場に立つものと思われます(特に、民法776条、777条)。
9. さて、入管が要求した「Eの戸籍上の父訂正申立てを証明するもの」について、どう回答すべきか考えました。
ポイントは、一般的な案件とは違い、BC元夫婦が、妊娠当時も、離婚後も、出産後までも、同居生活を継続していた、という点です。
仮に、AがEを血縁上の実子だと思っていたとしても、BCが同居していた事実は、家庭裁判所が一般的に説明する「別居等で妻が夫の子どもを妊娠する可能性がないことが客観的に明白である」には当たりません。
そこで、下記点線以下の上申書と家裁による嫡出否認及び親子関係不存在確認に関する説明(以下「本件説明書類」と言います)を添付して、提出することにしました。
これで、入管がなお「EはCの子ではなくAの子である」旨の書類を要求してくるなら、親子関係不存在確認調停・審判を提起した上、家裁がDNA鑑定の結果、「EはCの子ではない」と審判するならそれもよし。家裁の一般的な説明どおりBCの同居事実等により「EはCの子ではない、と申し立てることはできない」として却下するならそれもよし。と腹をくくって本件説明書類を提出しました。
10. ほかに、BCのインドネシア及びタイ発行の婚姻証明書を追加提出しました。
11. その結果、入管は、以後、本件説明書類に関する言及をせず、この説明を是認した形になりました。
Aにつき、同年7月に仮放免許可、同年8月に在留特別許可により永住者の配偶者等の在留資格を付与されました。
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東京入国管理局 調査第三部門 在宅事件担当 御中
上 申 書
平成23年4月××日出頭(23-○○××)                         出頭申告者 A
 私は上記出頭日において、追加書類として「次女Eの戸籍上の父訂正申立てを証明するもの」を求められました。
 これについて、調査した結果をこの上申書として提出します。
1 Eは、平成21年5月○○日に出生しました。父Cと母Bが離婚した平成20年11月○日から300日以内に出生した子供ですので、資料3にある民法772条の規定により、Cの子供であるとの推定を受けます。
2 EがCの子供ではないとする方法は2つあることがわかりました。
まず、戸籍上の父であるCから裁判を起こす方法ですが、嫡出否認は、資料1や資料3にある民法777条により、CがEの出生を知って1年以内に提起しなければならないとされているところ、出生当時、Cは生母であるBと同居中でしたから、出生日のうちにEの誕生を知っていました。Eの出生は平成21年5月○○日であり、同日から既に1年以上が経過していますから、この裁判を起こすことはできません。
3 次に、EのほうからCが父親でないという裁判を起こす方法ですが、親子関係不存在確認は、資料2にあるとおり「夫が長期の海外出張,受刑,別居等で子の母と性的交渉がなかった場合など,妻が夫の子どもを妊娠する可能性がないことが客観的に明白である場合には,夫の子であるとの推定を受けないことになる」という条件があります。Eの出生は平成21年5月○○日であり、CとBは、平成21年8月○○日まで同居していたのですから(※)家庭裁判所が言う「別居等で妻が夫の子どもを妊娠する可能性がないことが客観的に明白である」とは言えません。よって、この方法によっても、CとEの間の親子関係を否定することはできません。
(※)上記出頭申告日に提出した陳述書中の「8 婚姻について」にも記してあるところです。CとBは、離婚後9ヶ月間、同居していました。同居期間の最後は、現在の居住地への移転日が平成21年8月○○日となっていることから明白です。
以上により、冒頭ご指示の書面を提出することはできません。
これに相違ないので、夫婦連名で署名の上、提出いたします。
2011年6月○○日
出頭申告者 A
妻     B

資料1(家庭裁判所の説明)
http://www.courts.go.jp/saiban/syurui/kazi/kazi_07_15.html
嫡出否認調停
1 概要
 婚姻中又は離婚後300日以内に生まれた子どもは,婚姻中の夫婦間にできた子(嫡出子)と推定されるため,仮に他の男性との間に生まれた子どもであっても出生届を提出すると夫との間の子どもとして戸籍に入籍することになります。
 この夫との間の子どもであるとの推定を否定するためには,家庭裁判所に対して,夫からその子どもが自分の子どもであることの否認を求める嫡出否認の調停を申し立てる必要があります。この申立ては,民法により,夫が子の出生を知ったときから1年以内にしなければならないと定められています(なお,出生を知ってから1年経過後など,嫡出否認の申立ての要件を満たさないと思われるような場合でも,親子関係不存在確認の申立てによることができるケースもあります。)。
 この調停において,当事者双方の間で,子どもが夫の子どもではないという合意ができ,家庭裁判所が必要な事実の調査等を行った上で,その合意が正当であると認めれば,合意に従った審判がなされます。
※ 婚姻の解消又は取消し後300日以内に生まれた子の出生の届出の取扱いについて
 婚姻の解消又は取消し後300日以内に生まれた子のうち,医師の作成した「懐胎時期に関する証明書」が添付され,当該証明書の記載から,推定される懐胎の時期の最も早い日が婚姻の解消又は取消し後である場合には,前の夫を父としない出生の届出をすることができることとされています。詳細については,最寄りの戸籍役場にお問い合わせください。

資料2(家庭裁判所の説明)
http://www.courts.go.jp/saiban/syurui/kazi/kazi_07_16.html
親子関係不存在確認調停
1 概要
 婚姻中又は離婚後300日以内に生まれた子どもは,婚姻中の夫婦間にできた子(嫡出子)と推定され,仮に他の男性との間に生まれた子どもであっても出生届を提出すると夫婦の子どもとして戸籍に入籍することになります。
 夫との間の子どもであることを否定するためには,原則として嫡出否認の手続きによることになります。
 しかし,婚姻中又は離婚後300日以内に生まれた子どもであっても,夫が長期の海外出張,受刑,別居等で子の母と性的交渉がなかった場合など,妻が夫の子どもを妊娠する可能性がないことが客観的に明白である場合には,夫の子であるとの推定を受けないことになるので,そのような場合には,家庭裁判所に親子関係不存在確認の調停の申立てをすることができます。
 なお,上記のような父子関係不存在のほか,何らかの事情により真実の母親ではない人の子どもとして戸籍に入籍しているような母子関係不存在のケースも,本手続きによることになります。
 この調停において,当事者双方の間で,子どもが夫婦の子どもではないという合意ができ,家庭裁判所が必要な事実の調査等を行った上で,その合意が正当であると認めれば,合意に従った審判がなされます。
 このほか,前の夫の子であるとの推定を受けない子については,子から実父を相手とする認知請求の調停を申し立てる方法もあります。

資料3(法律)
法の適用に関する通則法
(嫡出である子の親子関係の成立)
第二十八条  夫婦の一方の本国法で子の出生の当時におけるものにより子が嫡出となるべきときは、その子は、嫡出である子とする。
2  夫が子の出生前に死亡したときは、その死亡の当時における夫の本国法を前項の夫の本国法とみなす。
民法
(嫡出の推定)
第七百七十二条  妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。
2  婚姻の成立の日から二百日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から三百日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。
(嫡出の否認)
第七百七十四条  第七百七十二条の場合において、夫は、子が嫡出であることを否認することができる。
(嫡出否認の訴え)
第七百七十五条  前条の規定による否認権は、子又は親権を行う母に対する嫡出否認の訴えによって行う。親権を行う母がないときは、家庭裁判所は、特別代理人を選任しなければならない。
(嫡出の承認)
第七百七十六条  夫は、子の出生後において、その嫡出であることを承認したときは、その否認権を失う。
(嫡出否認の訴えの出訴期間)
第七百七十七条  嫡出否認の訴えは、夫が子の出生を知った時から一年以内に提起しなければならない。

2011.03.25

最近の在留特別許可(4)

最近の在留特別許可案件に関して、変わった事情のある案件をいくつか掲記してみます。
◇ 配偶者に殺人未遂の前科 ◇
(序) 政権が交代したせいかどうか判然とはしませんが、およそ2009年後半以降の自己出頭案件について、ほとんど1年余の期間、手続が止まったかのようでした。そんな中の1件です。
(1) 本人の履歴など 
 20歳代のタイ国籍の女性です。自己名義のパスポートを使用し、2007年1月に短期滞在で上陸、そのまま不法残留しました。1回目の違反です。
 2008年1月に日本人男性と婚姻、同年7月に離婚していますが、この婚姻によって入管へ出頭することはしなかったそうです。
(2) 当職への依頼と出頭の遅延 
 08年10月、別の日本人男性である現夫と知り合い、交際同居し、09年6月に日本式婚姻が成立しました。
 両親同居、持ち家のうえ、現夫との間の子を妊娠したがそれが子宮外妊娠で卵管破裂、片方の卵巣を失うという悲劇もありました。
 再婚という点以外は、条件的に良かったと思われますが、現夫が仕事を忙しがり、大使館(婚姻要件具備証明書の取得)や入管へ出頭する時期が遅れ遅れだったことが気になる案件でした。
 およそこの当時以前は、不法滞在者であっても日本人の配偶者として外国人登録をしてあれば、入管が摘発に来ることはないと思われていた時期でもありました。出頭が遅れるのは良くありません。しかし、当職としては当事者の意向を無視できる立場にはありません。
 そうしたところ、09年8月下旬に入管の摘発担当(調査第1部門)が地元警察官を連れて、自宅に摘発に押しかけてきました。たまたまそのとき、本人が不在だったそうで、摘発を免れました。電話連絡は取れていたそうですが、「逃げ切ってしまった」そうです。
 仕事を理由に出頭を引き延ばしていた日本人配偶者でしたが、さすがに自ら出頭しないと問題が大きくなると感じたのでしょう。入管が摘発に来た翌日には、自己出頭することになりました。
(3) 自己出頭とその後の進行
① 自己出頭は、09年8月下旬でした。このころからの傾向で、出頭日におけるインタビューは軽めでした。
② その後、外国人本人が2度目の妊娠をしました。無保険の状態で出産を控え、多額の費用が掛かります。本人、家族から、何度かに亘って入管に進行状況の問い合わせを行いましたが、時間が掛かるとのみの回答だったようです。(2010年に入り、実務家たちも、08年や09年前半までとは、同種事案の取扱いに大きな違いが生じたことに気づかされたと言えます。)
 2010年9月、夫婦間の長男が出生しました。
③ 同年11月、入管が、予告なく自宅調査を行いました。夫の両親と外国人本人が在宅しており、写真撮影などが行われました。この手続は、厳しい審査ながらも許可見込みのある案件で行われる調査であると認識しています。
最近、電話調査は頻繁にあっても自宅調査がある案件は多くないと言えます。
④ 2011年1月下旬、午前9時半の呼出しがありました。長男の出生届記載事項証明書を提出するよう指示されました。
なお、後刻になってから聞いたのですが、夫婦揃って出頭するよう求められていたそうです。内容は、夫婦揃ってのロングインタビューでした。午後5時過ぎまで掛かる日程でした。この手続も、厳しい審査をすべき事案であると担当官(入国警備官)が考えたものと思います。実子もあるのになぜだろうか?と思いましたが、この点は、後に感想を記します。
⑤ 同年2月上旬、入管から電話があり、日本人夫の前科を問われました。夫は入管に対して、『殺人未遂で2年間服役していた』と正直に述べたそうです。この前科は、刑法34条の2の規定により、まだ抹消されていません。配偶者の前歴は大きな要素になることもありますので、私からも業務開始時点で聞いたことがあります。そのときの返答は、「免許証もゴールドだし前科なし」とのことでした。この時点に至り、重大なウソを言われていたことに気づかされることになりました。当方としては、当事者による重大な契約違反と認識せざるを得ず、果たしてどの程度の影響があるのか、先読みの難しい状況になりました。
⑥ 入管から「2月××日午前10時」に外国人本人のみ出頭するよう電話がありました。当事者は、何度も入管に日付を確認したと言いますが、カレンダーを見ると同日は土曜日です。出頭日時を再度確認してもらい、○○日(火曜日)の間違いであることが判明しました。入管の事務がかなり杜撰な証拠です。当事者側も入管の連絡が正確かどうか、細心の注意を払わなければなりません。再確認した○○日(火曜日)に仮放免許可となりました。仮放免許可申請はしていませんし、保証金もありません。仮放免による最初の「出頭確認日」は、従前、2ヶ月後を指定されるのが通例でしたが、本件に関しては、5週間少々後の日付指定でした。
(5) 在留特別許可
 入管から電話があり、上記の第1回目の出頭確認日より前の3月中旬某日午前9時半に出頭するよう求められました。ところが、今般の大震災のために、交通の便が非常に悪い状況になりました。呼出日の前日、入管から電話があり、「どうしますか?来られますか」と聞かれました。結局、当事者本人が無理と判断し、延期を求めたそうです。その後、呼出日の1週間後の某日午前9時半に審判部門への出頭を求められました。当日の持参書類として、戸籍謄本、住民票、登録原票記載事項証明書、仮放免許可書、外国人登録証明書、パスポートを指示されました。
 同日、午前中に違反判定、口頭審理、異議申立ての手続があり、午後2時から「在留特別許可」の裁決がありました。
(6) 若干の感想
上記のように
1点目 もう少し俊敏に大使館や入管へ出向く時間を取ってくれれば、2ヶ月は早く出頭できたものと考えられ、09年前半のように数ヶ月単位での最終決裁も可能だったのではなかったかと思われる点が残念でした。
2点目 日本人配偶者の前科が大きな影響を持つことも想定されるのですが、結果から見ると、両親同居、持ち家、実子の存在とプラス面が多く、前科のマイナス面を払拭したかのようでした。
3点目 入管が摘発に来たとき、逃げてしまったこと。これは、警備部門(摘発に当たった調査第一部門だけではなく、在宅調査を行った調査第三部門を含む入国警備官)の印象をだいぶ悪くしたものと思います。
前にも経験があるのですが、警備部門は、自分たちの努力を当事者が水の泡にするのを大変嫌います。「捕まえに行ったのに逃げた。自分たちの尽力を無駄にした。」というわけです。この部署は、こういった感情的で恨みじみた反応をすることがしばしばあるので、要注意です。
 そして、仮放免が許可され、事案が警備部門(入国警備官)から違反審査・審判部門(入国審査官)に引き継がれると、第1回目の出頭確認日より前に、在留特別許可を降ろす事実上の決定があったことが伺われます。総合的に見て入国審査官の心証は良かったということだろうと想像しています。

最近の在留特別許可(3)

◇ 覚せい剤取締法違反 ◇
(1) 当職取扱い以前の履歴
 20歳代のタイ国籍女性です。
 在留資格認定証明書の交付を受けて、2006年6月に、日本人の配偶者等(1年)で上陸許可を受けました。その後、更新を重ね、2008年6月から在留期間3年を付与され、在留期限は2011年6月でした。
 在留期間3年を得た後、日本人夫と別居し、スナック勤めを始めました。
 動機は、本国に残してきた実子への送金額を増やしたい等とのことでした。
 スナック勤めから覚せい剤を覚え、2009年5月、覚せい剤取締法違反で懲役1年6月、執行猶予3年の判決を受けました。判決確定により入管法24条4号チに規定する退去強制事由に該当することになります。ですが、この時点で、自動的に在留資格を喪失するわけではありません。判決とは別途に退去強制手続が行われます。
執行猶予付き判決を受けたので、身柄は釈放されました(この時点で不法残留になっていると法廷から入管へ収容されます)。本人は、日本人夫の家に戻って生活を再開しました。
(2) 当職への依頼
 この段階で、当職に、在留特別許可の依頼がありました。
 事案の概要を把握するために、刑事事件の記録(司法警察員面前調書や起訴状、判決謄本など)を精査するところから調査に入りました。
そして、「逮捕前に別居に至っていた。夫と離婚して別の男性と結婚したい」旨の書かれた調書が、入管にも回っている前提で書類を作成することにしました。
刑事事件は大きな問題ですが、入管としては婚姻関係の破綻の程度が判断基準になるので、別居等はかなりの難点でした。
(3) 入管への出頭
 上記のとおり、在留資格・在留期間は残ったままの状態で、2009年6月中旬に入管へ出頭しました。
 この場合、自ら出頭しないでいると、どうなったのでしょうか?
 ・退去強制手続開始のため、入管から呼び出されるか。
 ・次の更新時期に更新不許可、退去強制手続になるか。
 どの手順でやっても、退去強制手続になるわけですが、結果から見ると、速やかに自分から出頭したことが功を奏したものと思われます。
(4) 事案の進行
① 2010年8月、自宅調査、写真撮影等が行われました。入管がいきなり自宅に乗り込んできて、パチパチ写真を撮ってゆくパターンは、危ないながらも許可見込みのある案件であると考えられるのは、上記にも記したとおりです。
② 同月下旬に入管から呼出しがあり、ロングのインタビュー(ほぼ丸1日)が行われました。担当したのは入国警備官と思われます。これも、危ないけれど許可見込みがあるときに、行われると考えています。
③ その約2ヵ月後の10月下旬に入管から呼出しがあり、保証金30万円を積んだうえ、仮放免許可を申請”させられ”ました。そういう当局の指示があったのです。
 (同日、フィリピン人永住者で覚せい剤事犯の人も同じ措置を取られたそうです。)
 仮放免許可を与えられ、第1回目の出頭確認日として、2ヵ月後の12月下旬の日付を指定されました。
④ 12月上旬に、ほぼ半日の日程で「入国審査官による違反審査」というインタビューがありました。
⑤ 2011年1月下旬、特別審理官による口頭審理が行われました。
(5) 在留特別許可
 2011年2月上旬の出頭確認日に、在留特別許可の裁決がありました。
(6) 若干の感想
 在留特別許可が認められるか、退去強制処分になるか。本件ほどその落差の激しい事案はありません。
退去強制処分になった場合、
① 入管法第5条第1項5号により、薬物系犯罪による前科で長期上陸拒否事由該当
② 入管法第5条第1項4号により、1年以上の懲役を受けた者として長期上陸拒否事由該当
③ 入管法第5条第1項9号ロにより、5年間の上陸拒否事由該当
 以上3つの上陸拒否事由に該当することになり、なお、夫婦間に実子もないので、事実上、日本に再来日することは、ほとんど生涯不可能であったと思われます。
 まさに生死を分けるに等しい在留特別許可であったと言えます。
(7) 再入国許可について
 類似情報を収集した結果も踏まえると、執行猶予期間中は、再入国許可は認められていない模様です。
 一般論として、長期上陸拒否事由該当の場合、生涯において上陸拒否者ですが、執行猶予期間が満了すると上陸特別許可が出ることがあります。
 それと同じ理屈で、再入国も上陸の形態の1つなので、執行猶予期間中は「上陸」に当たる再入国許可は出せないということのようです。ただし、人道上やむを得ない事由があるときは、執行猶予期間中でも再入国許可を認めることもあるようです。

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